FINALACT[ぼくのセカイがおわるとき] 09

GM:では木登り組の方。──中腹部、木の根や蔦がからみあってケージ(鳥かご)のようになった部分のその奥に、スノウの気配を感じる。

フウゲツ:「ここか。この奥にスノウが」

ヴァイス:どうしよう……。下手に魔法を使うと木全体が燃えてしまいそうだし……。

フウゲツ:斬っていくしかないだろうな。
 

 左手で掴んだ蔓で身体を固定し、右手で刀を抜く。

 精神を集中し──フウゲツは刀を振るう。

 その瞬間──フウゲツの視界が夕焼け色に染まった。

 西日が差し込む部屋だった。

 橙色に染まった部屋の中に、それはあった。

 いや、日が届かぬ朝も、闇に覆われた夜も、それはそこにあった。

 ぽつんと、飾られていた。

 それには大きな目らしきものが、ふたつあった。

 それは穴だったが、目であった。

 がらんどう。空。闇。丸いその暗闇にあるのは何なのか。そこから誰が見ているのか。

 壁にかけられたそれの、あるはずのない向こう側から、誰が、何が、こちらを……。

 背を向けると、視線を感じた。目をむけると、視線がぶつかった。
 

 ……誰なの?
 

 その言葉を口にすることは、ついにできなかった。

 闇の奥には誰かがいるのに。闇の奥で……彼女が待っているのに。

 刃がこぼれるのも構わずに、木の根を切り裂く。

 木の根がからみあってできたケージの奥、球状の空間に、赤ん坊のように丸まった姿で彼女がいた。

 いた、本当にスノウがいた。その喜びで胸がいっぱいになる。
 

 スノウ。
 

 呼びかける。

 彼女は背を丸め、白い背中をこちらに向けている。
 

 スノウ、今たすける!
 

 かく、と頭が動いたような気がした。

 かくかくと、じりじりと、かたかたと、首が動く。首が回る。

 彼女が首をもたげる。機械仕掛けの人形のように、少しずつもちあがる頭。垂れ下がった前髪。顔は見えない。
 

 じりじりと持ち上がり……
 

 かくん
 

 重力に逆らえず、反対側に傾く。顔がこちらを向いた。

 うつろな目が、見つめている。輝きを失った瞳と、視線が絡み合う。

 絡み合ったはずの視線はフウゲツを突き抜け……どこでもないどこかを、見ていた。

 ──ツさん! フウゲツさん!
 

 フウゲツは叫び声を上げている自分に気づいた。

 ヴァイスが自分の肩に手をかけ、心配そうに覗き込んでいる。
 

フウゲツ:「え……?」
 

 ゆっくりと、状況を把握していく。

 左手に蔦。右手に刀。刃が木の根に食い込んでいる。
 

 ……幻覚?
 

 幻、だったのだろうか。あの夕日色の部屋も。人形のようなスノウも。
 

ヴァイス:「フウゲツさん、あの奥! ほら、この隙間から見える、向こう! 人影が」

フウゲツ:「本当かヴァイス。……やはりこの奥にスノウがいるんだな」
 

 先程の幻影を振り払うように、フウゲツは刀を振るった。

 少しずつ、木の根が取り払われていく。

 木の根がからみあってできたケージの奥、球状の空間に、赤ん坊のように丸まった姿で彼女がいた。

 淡く光るケージが、彼女の白い裸身を浮かび上がらせる。
 

フウゲツ:「スノウ!」

ヴァイス:「スノウ!」
 

 名を、呼ぶ。

 ゆっくりと、顔を上げるスノウ。

 垂れた前髪から覗く瞳が、ふたりの姿をとらえた。
 

 ゆっくりと雪のように淡く透明な笑みを浮かべた彼女は、はかなく、今にも消えてしまいそうだった。
 

 手をのばす。

 木の根から開放されたスノウが、ゆっくりとふたりへ向かって落ちてくる。

 それを受け止めるように両手を広げる。



──刹那。
 

世界の色彩が一瞬、反転した。

世界から音が引いていく。

耳が痛いほどの静寂。

湖の水面が輝き始める。

音もなく、世界が縦に揺れる。

続いて鼓膜を直接打つような轟音。
 

湖から立ち昇る巨大な光の柱。
 

視界が真っ白に染まる。
 

身体が押し上げられる。
 

空中に投げ出される。浮遊感。
 

……それは、地下空間崩壊の合図だった。


 

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