フウゲツ:「ここか。この奥にスノウが」
ヴァイス:どうしよう……。下手に魔法を使うと木全体が燃えてしまいそうだし……。
フウゲツ:斬っていくしかないだろうな。
左手で掴んだ蔓で身体を固定し、右手で刀を抜く。
精神を集中し──フウゲツは刀を振るう。
その瞬間──フウゲツの視界が夕焼け色に染まった。
橙色に染まった部屋の中に、それはあった。
いや、日が届かぬ朝も、闇に覆われた夜も、それはそこにあった。
ぽつんと、飾られていた。
それには大きな目らしきものが、ふたつあった。
それは穴だったが、目であった。
がらんどう。空。闇。丸いその暗闇にあるのは何なのか。そこから誰が見ているのか。
壁にかけられたそれの、あるはずのない向こう側から、誰が、何が、こちらを……。
背を向けると、視線を感じた。目をむけると、視線がぶつかった。
……誰なの?
その言葉を口にすることは、ついにできなかった。
闇の奥には誰かがいるのに。闇の奥で……彼女が待っているのに。
木の根がからみあってできたケージの奥、球状の空間に、赤ん坊のように丸まった姿で彼女がいた。
いた、本当にスノウがいた。その喜びで胸がいっぱいになる。
スノウ。
呼びかける。
彼女は背を丸め、白い背中をこちらに向けている。
スノウ、今たすける!
かく、と頭が動いたような気がした。
かくかくと、じりじりと、かたかたと、首が動く。首が回る。
彼女が首をもたげる。機械仕掛けの人形のように、少しずつもちあがる頭。垂れ下がった前髪。顔は見えない。
じりじりと持ち上がり……
かくん
重力に逆らえず、反対側に傾く。顔がこちらを向いた。
うつろな目が、見つめている。輝きを失った瞳と、視線が絡み合う。
絡み合ったはずの視線はフウゲツを突き抜け……どこでもないどこかを、見ていた。
──ツさん! フウゲツさん!
フウゲツは叫び声を上げている自分に気づいた。
ヴァイスが自分の肩に手をかけ、心配そうに覗き込んでいる。
フウゲツ:「え……?」
ゆっくりと、状況を把握していく。
左手に蔦。右手に刀。刃が木の根に食い込んでいる。
……幻覚?
幻、だったのだろうか。あの夕日色の部屋も。人形のようなスノウも。
ヴァイス:「フウゲツさん、あの奥! ほら、この隙間から見える、向こう! 人影が」
フウゲツ:「本当かヴァイス。……やはりこの奥にスノウがいるんだな」
先程の幻影を振り払うように、フウゲツは刀を振るった。
少しずつ、木の根が取り払われていく。
木の根がからみあってできたケージの奥、球状の空間に、赤ん坊のように丸まった姿で彼女がいた。
淡く光るケージが、彼女の白い裸身を浮かび上がらせる。
フウゲツ:「スノウ!」
ヴァイス:「スノウ!」
名を、呼ぶ。
ゆっくりと、顔を上げるスノウ。
垂れた前髪から覗く瞳が、ふたりの姿をとらえた。
ゆっくりと雪のように淡く透明な笑みを浮かべた彼女は、はかなく、今にも消えてしまいそうだった。
手をのばす。
木の根から開放されたスノウが、ゆっくりとふたりへ向かって落ちてくる。
それを受け止めるように両手を広げる。
世界の色彩が一瞬、反転した。
世界から音が引いていく。
耳が痛いほどの静寂。
湖の水面が輝き始める。
音もなく、世界が縦に揺れる。
続いて鼓膜を直接打つような轟音。
湖から立ち昇る巨大な光の柱。
視界が真っ白に染まる。
身体が押し上げられる。
空中に投げ出される。浮遊感。
……それは、地下空間崩壊の合図だった。
(550k 音楽有) |
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