ACT16.0[贖罪]07


 目の前の凄惨な光景に思わず目をそむけ、沙夜は口元を手で覆った。

 <プラント>とは違った欲望と死の渦に当てられたのだろうか。

 一度は説得され村に残ったものの、やはり居ても立ってもいれずこうして<太極樹>まで来てしまった沙夜である。

 彼女は赤いトカゲの姿を捜し求め……赤紫の髪の青年を見つけた。
 

沙夜:「ラグランジェさん! よかった、会えて」

ラグランジェ:「なんでここに……?」

沙夜:「だって心配で……。──そんなことよりッ! ビオは? みんなは?」

ラグランジェ:「彼らは……<扉>の向こうです」

沙夜:「そっか……いっちゃったんだ……。……今度はあたしがビオの<鞘>にならなくちゃいけなかったのに……」

ラグランジェ:「……鞘?」
 

 「人にはそれぞれ役割がある、という話だ」
 

 声に振り返る。鋭い目つきのコートの男。
 

ラグランジェ:「クロヌシさん……」

黒炎:「今は黒炎だ、アユモ」

ラグランジェ:「今はラグランジェです」
 

 目を細め、煙草の煙を吐く黒炎。
 

黒炎:「まあいい。……いよいよ、だな」

ラグランジェ:「ええ」

黒炎:「<ガズィの鎖>を断つ時間だ。貴様の、望み通りにな」

ラグランジェ:「………………」

沙夜:「鎖?」

黒炎:「人にはそれぞれ役割がある、という話さ」
 

 黒炎は煙草を投げ捨て、空を見上げた。

 低く立ち込めた雲が流れていく。微かな雨を残して。

 <扉>の先には、星空とススキ野原が見えた。
 

リトナ:鈴木の腹が見える?

ヴァンダイク:鈴木蘭々の。

リトナ:その腹ならまあいいか。

ゴルディッシモ:パパイヤ鈴木の腹でなければ。

リトナ:こんな星空、本でしか見たことないなぁ。──どうする? いくの? いかないの?

アリア:いくー。みんなでいっちゃうー。

ドモ・ルール:ああん、イッちゃう〜!

アリア:(ダイスを投げつけて)……次はハサミが飛ぶよ。

ビオ:指ちょん切っちまうぞ(←ドモは指輪なので)

アリア:入るよー。
 

 アリアに続いて、次々に<扉>をくぐる一行。
 

アリア:一番乗り〜!

リトナ:オレ、キュアのリュックの中。このままだとススキの中に埋もれてしまうから。

キュア:それもそうね。

ドモ・ルール:ビオさんに乗せてもらえばいいのに。

リトナ:イヤがるんだもん。

ビオ:俺はちょっとためらうが……最後に、入ろう。

GM:では……君たちは星空の下、金色になびくススキの中に立っている。

キュア:夜の野原に出てきちゃったワケだ。……この世界(アルカディアのこと)って、星とか見えるの?

GM:どんよりと雲が立ち込めてることが多いから滅多に見えないけど、見えるときもたまーにある。太陽もサンサンと照ることはまずない。

リトナ:モヤシにはその方がいいかもね。

ゴルディッシモ:あれからボクたちは、何かを信じてこれたのかなぁ。──さあ、一緒に夜空ノムコウに旅立とう。

アリア:あれから〜ぼくたちは〜♪(歌う)

ゴルディッシモ:エンディングテーマが決まってしまったね。SMAぁーP、SMAP! ──ところで、<扉>を閉めないと人々がわらわらと入ってくるのではないか?

アリア:そうだね。

キュア:みんな死んだんじゃなかったの?

GM:生き残った人たちもいたのか、後続が到着したのか、そんなとこだろう。

リトナ:閉める必要はないと思うけど。そもそも、閉められるの?

ゴルディッシモ:扉を閉めて仲間外しをしたはずが、我々が仲間外れに(笑)。

ビオ:残念だ。

ゴルディッシモ:ここは……異次元空間なのかな?

GM:少なくても木の中じゃないだろうね。

ゴルディッシモ:<扉>の裏はどうなっているのだろう。

GM:んー……『どこでもドア』と同じようなもんじゃないかと。

ゴルディッシモ:で、『どこでもドア』はどういう風な仕組みなのだ?

GM:さあ。

ヴァンダイク:裏側にはドアの枠だけがあるイメージがあるのだが。

リトナ:木の板が打ってあったりして。

ヴァンダイク:そうかもしれん(笑)。

GM:んで──全員、扉をくぐったのだね。

一同:おう。

ビオ:んだよここ。……不思議野原か?

ゴルディッシモ:今気づいたのだけど……<星守り>であるボクはこんなとこに来てよかったのだろうか。

リトナ:まあ、ここも星のどこかかもしれないし。

ヴァンダイク:それに、墓守りがいつも墓にいるワケではないし。

ゴルディッシモ:それはまあ、そうだが。

ドモ・ルール:何なら、カラスだけおいてモヤシ男は帰ってもいいが。

ゴルディッシモ:それはそれで残念だ。

ヴァンダイク:(突然)「あはは、捕まえてごらんなさーい」と走り去ったら、誰か追ってくるだろうか。誰かというか、ラグランジェ君が。

アリア:そーいえば、ラグランジェは? 扉をくぐったの?

GM:んーん。

ヴァンダイク:んなにぃ!(驚愕)

アリア:どうして……?

ゴルディッシモ:仲間外されを楽しんでるのでは。

キュア:仲間外され、って……。

アリア:ボルサオとの会話とかに夢中になってて忘れてた……。彼、ボルサオのところには来たよね。

GM:うん。でも、<扉>はくぐってない。

アリア:どうして……?

ドモ・ルール:そりゃ……ヴァンダイクと別れるいい機会だったからでは。

ヴァンダイク:ぬな。

ゴルディッシモ:放置プレイというやつだね。

ドモ・ルール:放恥プレイかも。

リトナ:それはお前だ。

GM:まあ、彼には彼の事情とかやるべきこととかあるワケで。……それに、いつの間にか<扉>は消えてしまってる。

アリア:前に進むしかないか。……でも、前ってどっち?

リトナ:さあ?

アリア:ここが<真なるアルカディア>なのかな……。それとも、この先に……。
 
 

レプス04小隊は、歩き始めた。

闇と星と金色がどこまでも続く世界を。

静寂の世界を。

歩きながら思い出すのは。
/
/
幼い頃、姉と手をつないで歩いた野原。
/
地平線に広がる雲。
/
白く細い、桜色の爪の、姉の指。
/
苺を煮詰めて作ったジャムの香り。
/
一房だけ赤い前髪。
/
傷ついた兵士の体温。
/
空を白く引き裂く雷。
/
巻かれていく包帯の圧力。
/
生まれて初めて見た蛍の光。
/
転んで擦りむいた膝の痛み。
/
盲いた老人の皺だらけの笑顔。
/
冷たい雨。
大好きだった焼きたてパン。
/
大地を渡る風。
/
高く澄んだ姉の歌声。
/
熱をおびた、姉の唇の感触。
/
今にも消えそうな灯り。
/
やさしく包み込む闇。
/
あたしの名前。
/
……約束。

そんなすべてを……あたしは忘れていくのだ。

………………
 


やさしい風が頬をなでていく。

やわらかな感触が、頭の下にある。
 

そっと。目を開ける。




それはどこまでも高い青だった。

それは、はるかな青だった。



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