Intermission[雪が降る前に]

 白。

 一面の白。
 

 私は覚えている。

 白、という色を。

 音もなく降り積もる雪を。
 

 あの日、私は光を失った。新たな色を瞳の奥に焼き付けることは、もうない。

 記憶の中の色彩。それがすべて。

 それが私の、色のすべて。

「もうすぐ誕生日ね」

「うん、あたし、19歳になるんだよ」
 

 娘の言葉に、ああそうなのかと、時の流れを感じた。
 

「お姉ちゃんより……年上になるんだね」

「そう、そうね……」
 

 「姉さんみたいになりたい」というのが口癖だった。

 髪を伸ばし始めたのも、長いスカートをはくようになったのも、きっと。

 最近は声や口調まで似てきて、ときどきビックリすることもある。

 私がそっと手をのばすと、スノウの動く気配がした。かすかな布すれの音。

 ……ひんやりとした、すべすべのほっぺが、私の指に触れる。
 

「──大きくなったわね」

「残念ながら、おねーちゃんの方が美人らしいけど」
 

 つんとした声。でも、触れた指の先で、唇が笑みの形になる。

 瞼に触れても、鼻の形をたどっても、私は娘の顔を知らない。

 浮かぶのは、幼い頃のノエルの姿だけだ。

 そういえば、ノエルとはこんな風に触れ合うことはあまりなかった気がする。
 

「シアもかわいいよ。シュリも美人さん。一番整ってるのは……やっぱり、レイチェルかな。……あ」
 

 その誰の顔も見たことがないのに気づいたのだろう。彼女は口をつぐみ、私の手をぎゅっと握った。
 

「……ごめん」
 

 私は、微かに首を横に振る。

 娘を、とても愛おしいと思った。

 いつか、彼女の姿を目に焼き付けることができるのだろうか。

 夢で逢えたなら、すぐに彼女だと気づくのだろうか。
 

「今日は冷えるわね」

「雪が降るかも」

「それまでには、『門』が開いてほしいものだわ」

「うん、早くそうなるといいね……雪が降る前に」

「そうね……雪が降る前に」
 

 白い雪が舞う日。それがあなたの産まれた日。

 あの日、見えないこの目で確かに赤ん坊の姿を見た気がするけれど……その微かな記憶は形になることなく、かすめ、消えていった。
 

Intermission[雪が降る前に]

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