同時刻。『魔王の森』の、古の民の集落の近く。
サデルは、地底湖へと通じる洞窟の前にいた。動物の皮をなめして作った簡易の雨具はとっくに役に立たない状態となっており、全身に張り付いた衣服が体温を奪っていく。震えるサデルの傍らにはマリアルイサの姿もあり、こちらも同じように寒さに身体を震わせていた。2日前に『結界』の異常に気づいてから皆に注意を促すようにしてきたが、ついに……
「ついにこのときが来たんだね……」
緊張した面持ちで見つめる洞窟の奥の暗がりから、かすかに足音が聞こえてくる。雨に濡れた地面を踏みしめるたくさんの音。
「おいでなすったようだぞ……」
「魔王の降臨、か……」
知らず、サデルの喉がごくりとなった。ただの言い伝えだと思っていた、いや信じたくなかったのにまさかこんなことが現実になろうとしているとは。
ランタンでも松明でもない光の矢が突然生じ、ゆらゆらと揺れる。
サデルは手についた汗だか雨だか分からない水滴を振り払い、使い込んでボロボロになっている斧を握りなおした。
正直、こんなに緊張しているのは生まれてはじめてた。正体が分からないものへの恐怖。足音が近づいてくる。
やがて……
闇の奥から、黒衣の集団が姿を現した。黒い、ぬらぬらとしたマントのようなものをまとっており、顔ははっきりと見えない。
背丈はそれほどでもないが、背中が奇妙な形に膨らんでいるもの。背中に黒い羽を持つもの。身の丈2メートルを超えるもの。
サデルもマリアルイサも、身体が硬直して動かなかった。
光の矢が、ふたりの方に向けられた。あまりのまぶしさに、顔を手で覆ってしまう。
そして、この世のものとは思えない、だるそうでやる気のない声を聞いた。
「……だからオレはイヤだと言ったんだ」
アルバス=ファルバティスは不機嫌だった。
どうして自分がいきたくもない場所に無理矢理連れていかれ、リューセを背負わされ、暑苦しいレインコートに身を包み、ぬかるんだ上に真っ暗な洞窟(こんな恐ろしい場所が他にあるだろうか)を延々と歩き、あげくの果てに初対面の人間(しかもジジイとババア)に「魔王じゃー!!!」と指差されて逃げられねばならないのかさっぱり分からない。
アルバスは(思い返すのも本当は面倒なのだが)ことの始まりを思い返していた。
炎が立ち上る魔法アカデミーでリルルを助けたとき、声をかけてきたのは赤いマントに身を包んだ魔導士風の長身の男だった。
アルバス:「誰だ、お前は」
ゼナ:「ファン・ルーンさん……」
アリア:「ゼナさん、お知り合い?」
ゼナ:「お客さんです。ちょっと大きな仕事を頼まれてまして」
赤いマントの魔導士(ファン・ルーン):「女神リューセは北の『アーカイブス』にいる。正確に言えば、今回の件……女神殺害を企てた首謀者がそこにいる」
ゼナ:「どうしてアナタがそんなことを……?」
ファン・ルーン:「そのことについて調べていたからだ。君に注文していた『船』もそのためのものだしね」
ゼナ:「え、でもボクが作ったのは時空間ドライブですし、リューセさんを助けることには……」
ファン・ルーン:「空間転移装置の試運転も兼ねて、君たちと共に『アーカイブス』にいきたい。……OK?」
ゼナ:「そうか、座標さえ分かるなら、リューセさんのいる場所に瞬間移動するのが一番早い! ……あ、でも装置の『祭器』がまだ……」
ファン・ルーン:「『祭器』ならある……この『朔夜・タイプグライヴ』が」
その呼び声に応えるように、ルーンの手に銀色に輝く大振りの大剣が現れた。
ゼナ:「分かりました。すぐに準備します。……アリアさん、リルルをお願いします。アルバスさん、ボク先に4番ドックにいきますから、みんなを連れてきてください」
アルバス:「ちょっと待て。オレには何が何なのかさっぱりだぞ」
ゼナ:「説明なら後でします、お願いします」(アカデミーを出ていく)
アルバス:「ゼナぁ! ……やれやれ」
ため息をつき、ルーンを見る。彼は肩をすくめ、マントをひるがえした。
イシュタルの港も空中要塞の攻撃を受けていたが、幸い4番ドックは無事だった。
そしてそこに、全長300メートルはありそうな巨大な『船』が浮かんでいた。
ゼナ:(計器のチェックをしながら)「みなさん、ちゃんと座りました?」
アルバス:「お前……いつの間にこんなものを」
ゼナ:「えへへー。エスペルプレーナ3が、通常エンジンでのスピードの限界に挑戦したのに対して、この『船』はあらゆる時空間航行を可能にすることを目的としたものなんです。ですからスピードもあまりでないし小回りは利きませんけど、ワープ走法や空間転移を……」
アルバス:「説明はいい。いくなら早くしろ」
ゼナ:「……はい。……ファン・ルーンさん、『祭器』を」
ファン・ルーン:「了解だ。(『朔夜』を時空間ドライブにセットして)トパーズやラズリがいなくても、空間移動なら何とかなるんだろ?」
朔夜:『楽勝』
ゼナ&アリア:「「しゃべった!?」」
アルバス:「そりゃ剣だってしゃべるだろうさ。いいから急げ」
ファン・ルーン:「『蒼天の合わせ鏡』の位置をトレース」
朔夜:『…………見つけたぜ。かなり強い力だ』
ファン・ルーン:「よしよし。……今座標のデータをそっちに送る。女神リューセがいるはずの場所だ」
リルル:「了解しました。……エンジン起動。空間転移装置スタンバイ。亜空間フィールド展開。座標位置入力。全てオールグリーン」
ゼナ:(うなずいて)「エスペルプレーナ4発進! (拳を突き出し)いくぞ、ワぁぁぁぁーップ!!!」
ゲイン:「なるほど……そんなことがあったのですか」
ファン・ルーンの説明に、ゲインは何度もうなずいた。
ファン・ルーン:「そ。『アーカイブス』に乗り込んで女神リューセを助けその娘を確保。今度はアーケインに空間移動、というワケだ」
ゲインに説明しながら、両手のこぶしをぐっと握り締め唇をかみしめてうつむいてる少女の方に視線をやる。
アーケイン領主ゲインの家だった。
リビングには今、ルーンとゲインの他にはフウゲツとマリアルイサ、そして少女……メイリアしかいない。
南キャンバスから来た面々と魔界から来た面々は酒場の方へと向かったようだ。
ゲイン:「ということは、今までの事件は……」
ファン・ルーン:「ああ。Gシリーズの”なれの果て”をエミリーという女性に与えその能力を試し、G−7を洗脳し女神リューセ殺害を企て、空中要塞でイシュタルという街を攻撃し、『アーカイブス』で祭器『蒼天の合わせ鏡』を奪おうとしたのは……全てこの、メイリア=リーベンガードだ」
フウゲツ:「全部メイリアが……。こんな子供が……?」
ファン・ルーン:「子供でも、随分とおつむは回ったようだ。だが精神はおむつのとれない赤ん坊以下だな。……なぜこんなことをした。まさか"全部欲しかったから"なんて言うなよ?」
メイリア:(殺意のこもった視線を向け)「そうよ! わたしは偉大な『エターナル・マザー』の血を引く者だもの! だから『ホフヌング』再興のための力が欲しかった! 異世界への『扉』を開くという力も欲しかった! 『神を倒す』という目的を果たしたかった! ……神を殺した最強のGシリーズの子供を産みたかった……。……それの、それのどこが悪いって言うのよぉ!」
ファン・ルーン:(あきれて言葉も出ないという様子でため息をつき)「いいわけないだろうが。クレリアだってそこまで強欲じゃなかったぞ。……そもそもクレリアはそこまでして崇拝するほどの人物じゃなかった。……だからこそこの事件は……哀しい」
フウゲツ:……そこまで言われるクレリアって人がかなしいな。
マリアルイサ:(うんうんとうなずく)
フウゲツ:「あの……ブルーは……ガルフだかG−7だかって人はどうなったんですか?」
ファン・ルーン:「俺にもよくは分からん。話によると光になって爆発四散したって……(考えて)……そういうことかッ! あのバカ、無茶をして……」
フウゲツ:「???」
ファン・ルーン:「順を追って話そう。……今から15年ほど前のことだ。ラズリという少女の魂が『紫の中空』に捕らわれた。ラズリってのはヴァルト=ラィヒ族の娘でトパーズの叔母だ。『紫の中空』ってのは人間界と魔界をつなぐ空間。正確には違うんだが、詳細は省く。で、そのラズリを助け出すため、ガルフは世界中を旅した。10数年もの間だ。根がおせっかいだからそれ以外のことにもいろいろ首を突っ込んではいたようだが、まあそれはいい。それでも方法は見つからず、ガルフ自身の身体もボロボロになっていた。2年ほど前、俺のところに来たときは正直半分死んでいた。アイツはどこかで……遥か北の方にある『アーカイブス』と言ってたかな……『蒼天の合わせ鏡』の片割れを手に入れていた」
その言葉に、メイリアが顔を挙げる。
ファン・ルーン:「だから今俺は両方の『合わせ鏡』を持っている。残念だったなメイリア。……で、俺は……というかガルフは、ほとんど無理矢理『合わせ鏡』の力を使って、肉体と精神を切り離した。で、肉体の治療を俺に押しつけ、アイツは精神体となってどこかへ行ってしまった」