タナトス:(死体を見下ろし)「新たな『王』を望む、夢見るものの末路だ……。幻想のために命を弄ぶ、愚かなものたち……。──現アールマティ国王フレイヴスは『ヒト』と共に生きる道を選んだ。この国に、もう王は必要ないと……」(そっと目を閉じる)
と──そのとき突然、リルルが吐血する。
ゼナ:「!! リルルッ!」
タナトス:「『力』の使い過ぎだ……。ただでさえ身体が弱いのに、未成熟なまま『力』を使えば……」
ゼナ:「やっぱり、ムリしてたんだ……。リルルゥ……」
タナトス:「どんなに楽観的に見ても、もうあまりもたないだろうね……」
そんな彼らに、僕は『クーア』を託した。
僕だけでは……『ネフィリム』だけではどうあっても成し遂げられない、『大いなる遺産』の解放を願って。
僕は……『クーア』を託した。
『クーア』……『大いなる遺産』を解放する鍵を。
・テーレ1128(『BOOK』内の時間) ハガイの記憶の中のヴィゾフニル
僕は、嘘をついた。
ハガイ:「ヒトは……愚かな生き物なのですかなぁ……タナトス殿」
ハガイは、安楽椅子を揺らしながら声をかけた。
タナトス:「……気づいておられましたか」
背後に、タナトスが姿を現す。
ハガイ:「悠久の時を生き続けるあなたなら、わしよりも分かっているはず……」
その言葉に、タナトスは薄い笑みを浮かべて答えた。
タナトス:「確かに我が肉体は長き時を生きてきました。しかし……私は『思い出』を持たぬゆえ」
ハガイ:「……どういう……ことですかな?」
タナトス:「『ヒーメル』の呪いによって……私の記憶は100年ごとに消えるのです」
ハガイ:「なんと……そのようなことが……」
タナトス:「私だけではありません。ヒュプノスも……ネメシスも……それぞれ呪いによって苦しんでいます。浅はかな……それゆえ、酷い呪いに……」
ハガイはぐっと目を閉じた。眉間のしわが、さらに深くなる。
ハガイ:「なんと愚かな……。そうか……ヒトが愚かなのではない。我らが愚かなのだ」
タナトス:「『ネフィリム』は『ヒーメル』とともに……それだけのことです。──必要のないことを話してしまいましたね。……あなたが悲しむ必要は、どこにもありません」
タナトスは、ニコリと微笑んだ。
タナトス:「そうそう大事な用事を忘れるところでした。──フレイヴスからの預かりものを、受け取りにきたんです」
ハガイ:「ほう……『時』が来たのか?」
タナトス:「おそらく……。『世界』は、変革の時を迎えようとしています」
ハガイ:「では……これをお渡ししておこう」
ハガイは本棚の本を一冊引き抜くと、中から──中は空洞になっている──十字架のペンダントを取り出した。
ハガイ:「わしにはもう『先』はないが……これを、まだ未来ある者のために」
『クーア』を必要としているのはフレイヴスじゃない。……僕だ。
ヴィゾフニルの中央図書館内部。ハガイ博士の『BOOK』の中で……
僕は……嘘をついた。
ヴィゾフニル……そこは“知の中枢”
・テーレ1132 情報都市ヴィゾフニル パン屋の向かいの小さな家
ヴィゾフニルには、あまりいい思い出がない。
あの朝も……そうだった。
いつものように、テーブルの上にはふかふかのパンとアップルティーが用意してある。
アルバス:「姉ちゃん、気が利くじゃないか」
アルバスが手をのばして触れた瞬間──パンと紅茶が、テーブルごと『消滅』した。
アルバス:「うおお??」
ルーベル:(キッチンに入ってきて)「どうしたの?」
アルバス:「いや……オレのせいで……オレが触れたせいで、テーブルが消えた……」
ルーベル:「そんなことあるはずないじゃない。……ちょっと、手を見せて」
アルバス:「ダメだ! 触るな!」
ルーベル:「平気だってば」
アルバス:「じゃあ、このナイフを触ってみるから、それでいいだろ?」
恐る恐る、傍にあったナイフに触れる。ナイフは……ギラリとした光を放ち、そこにある。
ルーベル:「ほら、ね?」
アルバス:「本当だ……」
ルーベル:「ほら、危ないからナイフ貸して」
ルーベルと手が触れる。刹那──ナイフが消え、触れたところからルーベルが『消滅』していく。
アルバス:「マジかよ!?」
痛みはないようだった。ルーベルは消えていく自分の身体を見て呆然としてる。
アルバス:「しっかりしろ!」
そう言ってつかんだ肩から、また消えていく。
アルバス:「イヤだ! イヤだ! イヤだァァァァァァ!!!」
キッチンへ入ってくるタナトス。事態を悟り、顔が引きつる。
タナトス:「『消滅』の力か! ──くッ、このままだとルーベルが……」
アルバス:「何とかしてくれ!」
タナトス:「僕には……どうしようもない……」
アルバス:「冗談じゃないぞ。……消えるな! 消えるなァァァァァァ!!!」
アルバスは無理矢理『力』を押さえ込み……意識を失った。
そう……
気を失ったアルバスと、『かけら』になったルーベルを抱えて。
僕はただ、呆然とすることしかできなかった。
フレイヴスに連絡するのが、やっとだった。
それほどまでに……心の奥では恐れていたんだ。
『終焉<デッド>』の力を。
僕とソフィアを引き離した……その『力』を。
・テーレ1120 聖都ヴェルザンディ 『聖柩』内部
『終焉<デッド>』は、目覚めた。
ソフィアは目覚め、透明の柩の中から、ルーン文字がびっしり書かれた天井を見ていた。
意味も分からず見ていただけだった。ソフィアは……0歳の赤ん坊だったから。
タナトス:「やっと逢えたね……」
タナトスは『柩』の中のソフィアを抱き上げた。ソフィアは隣の『柩』を気にしているようだ。
タナトス:「やっぱり分かるのかな……。──ソフィア、クリシュナはここにはいないよ。彼女はずっと起きたままだ。ずっとね……」
ソフィア:「アヴァヴァ?」
タナトス:「……ホントは分かってなかったりして……。──ソフィア、僕は君に呼ばれてきたんだよ。『目覚めたい』って、君が僕を呼んだんだ」
ソフィア:「だあ」
タナトス:「どうしてだろうね? 『時』が満ちたってことなのかい?」
ソフィア:「アヴァ」
タナトス:「……今度こそ、うまくいくといいね」
タナトスは『柩』の中に目を落とした。
4000年前、そこにあった『箱』は今……『女神の塔』にあるはずだ。
だって……あの箱は『僕』が運んだんだから。
そうだったよね、ソフィア……