僕は……
僕たちは、「あのころ」を求めていたんだろうか
女神がいて、天人がいて、巨人がいて
創ったものも創られたものも関係なく過ごした、
短い、至福の刻……
・テーレ1136 “最後の楽園”ニャルラトホテプ 『女神の塔』が半分沈んだ湖のほとり
フレイヴス:「──結局、どうなんだ?」
タナトス:「来るよ、彼らは───『願い』を、叶えるために」
フレイヴス:「そうか……」
タナトス:「……怒ってる? それとも、あきれてる?」
フレイヴス:「どっちでもねえよ。……ハガイにウソついたのは、やりすぎだと思うがな」
タナトス:「……ごめん……」
フレイヴス:「まあいいさ。……『想い』を止めることは、誰にもできないからな。──助けたい。守りたい。傍にいたい。どれも大切だ」
タナトス:「ありがとう……」
フレイヴス:「お互い様だよ。……俺は10年もこのまんまだ。お前には随分とフォローしてもらった」
タナトス:「うん……」
フレイヴス:「さ、あと少し、見守ることにしようぜ──子供たちの、行く先を……」
・ニャルラトホテプ 『女神の塔』(落下後)内部
今頃、リューセたちもここに向かっているんだろうか。
『ソフィア』との……もうひとりの自分との戦いのために。
僕は……僕の戦いへ向かう。
僕の『運命』を大きく変えた、あの場所へ……
湖に半分水没した、逆さまの女神の塔を降りていくタナトス。
床が天井に、天井が床になってしまってる内部を、器用に潜っていく。
魔法の力で、水中でも呼吸は可能になっている。
・ニャルラトホテプ 『女神の塔』 最下層(最上階)のひとつ上(下)の階
タナトス:「ここは……」
片手で『床』に手をついて浮いているタナトス。
『床』を見上げ……目を細める。
ここは……『俺』が一度死んだ場所だ……
(回想)4000年前 空中都市アールマティ 『女神の塔』へ向かう道の途中
傷を負っているタナトス。鎧は着ておらず、黒い服が血で更に漆黒に染まっている。
ふと顔を上げると、目の前にそびえる女神の塔。
そばに……
少しでもそばにいきたかったんだ……
・ニャルラトホテプ 『女神の塔』最下層(最上階)
逆さまになっているオファニエルの像。その台座に、『箱』が収まっている。
『箱』に手をのばし……気配を察して振り返る。
その顔に浮かんだのは、驚きと──微かな笑顔。
タナトス:「……お前……ずっとここにいたのか……。……ずっと……こんなところで『彼女』を守ってくれてたんだな……」
『天井』からゆらり……と立ち上がる影。
闇の中で、無数の赤い眼が不気味に光る。全身に『眼』を持つ巨人──アルゴス。
その瞳に理性の光は……ない。
タナトス:「アルゴス……」
・4200年前(タナトス少年時代) 空中都市アールマティ 巨人<ネフィリム>の村
俺とヒュプノス、それからネメシス。
俺たちは、アールマティの小さな村で生まれた。
ネメシス:「タナー、危ないってば」
タナトス:「だーいじょうぶだよ。ちょっと退治にいくだけだから」
ネメシス:「ちょっと、で済む問題じゃないでしょー! ……ヒュウからも何か言ってあげてよ」
ヒュプノス:「タナトス、君が倒そうと思ってるヤツは、全長10メートルから15メートルある蛇の化け物だ。毒を持ってるし、第一……」
タナトス:(ぼそっと)「……お前、子供のくせにかわいげないよなー……」
ヒュプノス:「──第一、そのナイフじゃヤツの皮膚を貫けない。……せめてこれぐらいのモノを持っていくんだな」(背負っていた剣を手に取る)
ネメシス:「ヒュウ!」
タナトス:「いいの持ってるじゃん、ヒュウ。……その剣、借りてっていいのか?」
ヒュプノス:「折らないなら、貸す」
タナトス:「……で? それからそれから?」
ヒュプノス:「………………。……お前、ボクの力をアテにしてるだろ」
タナトス:「おう」
物心ついた頃には両親がいなかった俺とヒュプノスは、ネメシスと兄妹のように育った。
ネメシス:「もう……。──じゃあせめて、そのコはおいていってよね」
タナトス:「そのコ……?」
それから、もうひとり……
タナトス:(視線を落とし)「……アルゴス?」
タナトスの服のスソを、幼い少年が握っている。
タナトス:「アルゴス、お前いつの間に……」
アルゴスは、ネフィリムでも珍しい『シャーマン』の一族だ。
全身に霊力を高めるための『紅い瞳』を埋め込んだ異様な外見をしていて、日々女神オファニエルに祈りを捧げている。
タナトス:「お前もいきたいのか?」
アルゴス:(うなずく)
タナトス:「ダメだぞ、アブナイから」
ネメシス:「……よく言うわよ。──さ、アルはこっちにおいで」
アルゴス:(少し迷ったあと、ネメシスの方にいく)
タナトス:「おし……それじゃ、いこうぜ」
その頃の俺は、言うまでもなくまだ子供で……甘かった。
化け物退治の結果は散々たるもので、剣は真っ二つに折れ、俺は大ケガを負った。
ヒュプノスはもっとひどくて、予想以上に速かった大蛇のスピードについていけず毒牙にかかり、何日も高熱で苦しんだ。
村のみんなが助けにきてくれなかったら、死んでいただろう。
タナトス:「……う?」
俺は、小さな部屋のベッドで目を覚ました。すぐそばに、ネメシスがいる。
タナトス:「ネム……?」
ネメシス:「起きた? ──薬、飲む?」
俺たちがボロボロの姿で戻ってきたとき、ネメシスは怒るでもなく泣くでもなく……ただ、へなへなとその場に座り込んだ。
そして今は、ただ黙々と治療をしてくれている。
ネム……ネメシス……
俺の大事な大事な仲間で……──ヒュプノスの想い人
・テーレ1136 エスペルプレーナ2 喫茶室
『ソフィア』との決戦前夜。
ひとり、紅茶を飲みながら気分を落ち着けようとしているニーヴェがいる。
そこへタナトスが闇から溶け出すように姿を現す。
タナトス:「こんばんわ、ネム」
ネメシス:「タナー……」
タナトス:「いよいよ、明日か」
ネメシス:「そうね……。……あ、紅茶、飲む?」
タナトス:「いただこうかな。……久しぶりだ、ネムが入れてくれた紅茶を飲むのは」
ネメシス:「確かアップルティーが好きだったわよね……。──あれ、切れちゃってる」
タナトス:「いいよ、何でも」
紅茶を入れるニーヴェ。その間、ふたりは無言。
タナトス:(紅茶を受けとって)「……つらい戦いになるな」
ネメシス:「そうね……あなたにとっても、あの子たちにとっても。……たとえそれが、自らの『望み』のためでも」
全ては──女神復活のために。
ネメシス:「子供たちを見てると思う……私は今、幸せだって。シャナスが無事だった。ルーベルが生きていてくれた。イリスは少しずつ成長していってくれてるし……アルバスも、少し変わったみたい。──あの子たちがいてくれるだけでいい。そう思うときもある。でも……」
タナトス:「……でも?」
ネメシス:「それじゃいけない、って。どんどん心を失って……クリシュナは『結晶』になった。ソフィアは、『心』がちぎれてしまった。──ふたりを助けたい、と思うから……」
タナトス:「死んでいった……ヒュプノスのために?」
ネメシス:「ええ、そして……今もニャルラトホテプにいるフレイヴスのためにも。……アールマティでの悲劇の傷痕を、残したままにしておくわけにはいかないでしょ?」
タナトス:「そっか……。(紅茶を一口飲んで)おいしいや。やっぱ、ネムの紅茶が一番だ」
ネメシス:「ありがと。クッキーもいかが?」
タナトス:「これはまた……『個性的』な形のクッキーだな」
ネメシス:「ふふふ、それ、ゼナとリルルが焼いたのよ」
タナトス:「へえ」
ゼナとリルル。ゲオルギウスの『今』と、純血種の少女。
『明日』の、見えないふたり……