Brand-new Heaven #3
僕とアイツと彼女の話
その日は、少し変わった朝だった。
 

ごはん党の親父がパンを食べてたり、母さんが新しいエプロンをつけてたり。

そして、僕が珍しくバスに乗り遅れたり。
 


ブロロロ……


いつもより一本遅いバス。

といっても普段のが早い時間帯のヤツなので、遅刻する心配はない。
 

なぜそういうことをしてるかというと……二葉がバス停の前を通る時間に合わせてる、ワケではない、こともない。

まあ……そういうことだ。
 

ガ プシュー 「こちらは〇〇経由XXいき……」
 

 今日僕がいなかったから、二葉のヤツ心配してたりしないだろうな……
 

ビー 「ドアが、閉まります。入り口付近にお立ちの方は……」
 

この時間帯は通勤ラッシュらしくって、結構人が多い。

人に押されるようにして、僕は後ろの方のつり革につかまった。
 

 と……
 

最後部の座席。

5人がけの真ん中に、見覚えのある顔があった。
 

 同じクラスの……ニイザキ?
 

1年のころから同じクラスだったはずだが、話らしい話をした覚えもない。

フチの太いメガネとやぼったい三つ編み。血色の悪い唇。
 

卒業したら忘れてしまう。新崎はそんなかんじの子だ。
 

 同じ団地だったのか……
 

そっちの方を見るともなく見ながら、僕はバスに揺られていた。
 


ゴホッ ゴホゴホッ


突然。

新崎が咳をした。かなり、深い。
 

 花粉症か? ……ってアレはクシャミじゃなかったっけ?
 
 

 ゴホゴホゴホッ

 

 おいおいおい、ダイジョーブかよ?
 


 ゲホッ ゲホゴホッ


 ……ただごとじゃないんじゃないか?
 

新崎は必死に上着のポケットに手を入れようとして失敗している。

周りの人は我関せず、だ。

僕は、思わず駆け寄った。
 

「おい新崎、大丈夫か?」
 

 ゴホゲホッ
 

聞こえてないってかんじだ。
 

ゴホゴホッ
 ……くあー…………しょーがないッ!

ゴホゴホゴホッ


僕は思いきって、彼女のポケットに手をつっこんだ。

中に入ってたのは……薬?
 

 ビンゴ!
 

「これだろ、飲めよはやく」
 

 ゴホゴホゴホッ

  がさ パキ……

ご、くん……
 

  ゴホごほ……ひゅう    ひゅう……ひゅう……

はぁ はぁ はぁ    ふ……ううう……
 

どうやらおさまったみたいだ。
 

「大丈夫か?」

「は、はい。……ありがとう」
 
 
周りの人が、チラチラこっちを見てる。

ほっとした顔も、いくつか。
 

「どーする? 家、帰るか?」
 

彼女は小さく首を横に振った。
 

 こんなんなってんの、はじめてだよな?
 

いくらクラスで目立たなくても、ここまで咳き込んでたらフツウ気づくはずだ。
 

「なら、ガッコついたら保健室いけよ」
 

新崎はぼぉっとした目で僕を見上げ、黙ってうなずいた。
 

それから約10分。

僕はなんとも居心地の悪い時間を過ごしたのだった。
 


ガララ……


新崎を保健室に連れていってから、僕は教室に入った。

HRはすでに始まっている。
 

「遅いぞ」

「先生、新崎保健室で休んでます」

「ん? お前連れていったのか」

「はい、具合悪そうだったから」

「そうか。じゃあ遅刻はナシにしといてやる」
 

そう言ってヒゲ先生は出席簿に何やら書き込んだ。

内心ホッとしながら席につく。

その後、だらだらと話がつづき……
 

「それじゃ、花粉症とか流行ってるらしいから気をつけろよ」
 

HR、終了。

ガヤガヤ

ガヤガヤ


「百瀬、お前新崎と仲よかったっけ?」
 

後ろの席の信也がニヤニヤしながら声をかけてきた。
 

「ぐーぜんだよ、ぐーぜん」

「ふーん」
 

新崎の席に目をやろうとして、彼女がどこに座ってるのかさえ覚えてないことに気づく。
 

 なんか……なんなんだろうなぁ……
 

釈然としない気持ちのまま、僕はその日の午前中を終えた。

 <つづく>

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