Brand-new Heaven #4
僕とアイツと彼女の話
「やっぱ遅刻だったんだね」

がやがやがや

「おばちゃーん、ヤキソバパンもうないのー?」
がやがやがや
昼休みの学食。
 

「そーだろうと思って、家にはいかなかったんだ」
 

自分の顔ほどもあるメロンパンにかじりつきながら、二葉が言った。
 

「なんかお前、スゲーもん食ってるな」

「この大きさで100円だったの。スゴイでしょ?」

「大きさで決めたのか……。食べきれるのかよ、それ」

「ほっといて。自分こそ、あいかわらず具のないカレーじゃない」

「ふっふっふ、貴様の目はふしあなのようだな。ここをよく見ろ!」

「ああッ! タマネギが入ってる!」

「今日のカレーは当たりだったな」

「あのさー……自分で言っててむなしくない?」

「ちょっと、な……」
 

はぐはぐ

二葉は一生懸命メロンパンと格闘している。

はぐはぐ

こーゆーときの彼女は、幼稚園のころとあまり変わってないように見える。
 

 やれやれ…… ……ん?
 

「お前、その時計はめてきてんの?」

「制服に合うかもって言ったの、カズマだよ」

「そりゃまーそうだけど……」
 

 なんか……照れくさい。
 

「『二葉らしくない』って評判いいよ、これ」
 

 パンにかじりついたまま、二葉はにまーっと笑った。
 

「悪かったな。だったらやっぱ唯ちゃんにでもあげろよ」

「そりゃ唯はあたしと違ってお嬢様ってかんじだけどさー」

「だけど?」

「あたしがもらったんだもん。これはあたしのモノだよ」

「そりゃま、そうだ」

「これが似合うような『ヲトナの女』にならないとね」

「『ヲトナの女』ねー……」
 

 とーぶんムリだろうな……
 

でもそれは僕も同じだ。

僕らはまだまだ子供で……未熟だ。

僕は……はやくオトナになりたかった。
 

放課後。

僕は夕焼けで紅く染まった廊下を歩いていた。
 

 さすがにもう、帰っただろうな……
 

新崎のことが気になっていたので、保健室の前を通って帰ることにしたのだ。

一階の廊下は人気がなくしーんとしていた。

野球部やサッカー部の声が、まるで別世界のように遠くから聞こえてくる。
 

 いや、逆か。
 

ここだけが、別世界のようだった。

前を通るだけでは何もわかるはずがないので、僕は保健室のドアに手をかけた。

建つけの悪いドアが、抵抗してくる。
 

ぐっ ぐっ  ぐわらっ!
 

「しー!」
 

保健室の先生が顔をしかめてこっちを見ている。
 

 ……ドアが悪いんだってば。
 

「えーと、ニイザキ……2−Aの新崎はもう帰りましたか?」
 

先生は銀淵メガネの奥で目を細めながらじーっと僕を見て、笑みを浮かべた。
 

「ああ、今朝の男子か。あの子、まだ寝てるわ。……入っていいわよ」
 

 ……そう言われたら断れないわな。
 

「失礼しまーす」
 

僕は小声でそう言うと、後ろ手にドアを閉めた。
 

 がっ ガタン!
 

「しー!」

「……はい」

「あ、そうだ。私は会議があるからちょっと席はずすけど……ヘンなことしちゃ駄目よ?」

「しませんてば」

「じゃ、ちょっとお留守番よろしく」
 

 がっ がたたっ! ぎぃぃ ガン!
 

 ……自分の方がよっぽどうるさいじゃん。
 

消毒液の匂いがかすかにする、独特の空間。

ケガと無縁だった僕は、実は保健室に入ったのは今朝がはじめてだった。
 

 確か、こっちのベッドだったな。
 

夕日色に染まったカーテンの向こう。

新崎は静かに眠っていた。

なんだか……無防備な寝顔だった。
 

 コイツ……こんな顔だったっけ?
 

メガネをはずし三つ編みをといた彼女は、きれいだった。

ださいメガネも、やぼったい三つ編みも、この顔をかくすための『道具』のように思えてくる。

それはつまり……彼女が偽ってるということなのだろうか……何かを。
 

 ……あんま寝顔とか、見るもんじゃないよな。
 

そう思い、視線を窓の外に移したとき……
 

「百瀬……くん……?」
 

か細い声がした。

振りかえると、新崎がこっちを見ている。
 

「ごめん、起こしたか?」
 

彼女は、小さく首を振った。そして……
 

「奥居さんが……」

「二葉? 二葉がどうかした?」

「死ぬ……」

「死ぬ……?」

「……かも」
 

 「かも」かいッッ!
 

「あー…………はい?」
 

 いや……「かも」でも、かなり物騒な話じゃないか?
 

「死ぬって……どういうことだよ?」
 

彼女は何も答えず、目をふせた。
 

 まともに話ができたと思ったら、いきなりこんなんかよ。
 

いらだつ自分を押さえつつ、もう一度聞いた。
 

「新崎、どういうことだよ?」

「だから……たすけてあげて」

「死ぬ? たすけろ? お前なあ」
 

新崎の瞳がじわっと潤む。
 

 いや、泣かれても困るんだが……
 

「分かった、二葉が死ぬとしよう。いつ? どこで? どうやって?」

「詳しくは分からないけど……もうすぐ」

「もうすぐ、ね。……分かった、気をつけるよ」
 

僕は追求をあきらめ、あっさりうなずいた。

こう言っておけば新崎も納得するだろうと思ったのだ。

正直、全然信じてなかった。
 
 

そしてそれを後悔することになる……すぐに。
 

 <つづく>

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