(心……、私の心は…………)
噴水前に戻っても、レイチェルの体の震えはおさまらなかった。
長が、レイチェルの心について、話をした。
今回は、それがきっかけだ。
全ての感覚器の認識レベルを最低まで下げ、運動機能への接続を全て断ち切る。
身体の震えはこれで止まった。
しかし、何も感じない世界で、レイチェルはまだ、震えていた。
「レイチェル」
ふと、声をかけられた。
振り向くと、少し離れたところに見知らぬ男が立っていた。
「何してるんだ。任務が終ったのなら、さっさと隊に戻れ」
(……任務…………?)
「任務はほぼ完了。今は生き残りがいないかどうかの最終チェックをしていた」
レイチェルは、文字通り機械的に答えた。
「そうか。相変わらず速いもんだ。……しかし、なぁレイチェルよ」
男は、辺りを見回してから続けた。
「あんたが来てから、俺たちはだいぶ楽をさせてもらってる。だがよ、少しくらい俺たちにも楽しみを残しといてくれてもいいんじゃないか?」
レイチェルの視界に、広場が映る――沢山の死体が散乱した、広場が。
男、女、若者、老人、子供……。何も区別のない、虐殺の痕だ。
(…………なんだ……? まさか…こんな………)
「『ホフヌング』の活動もそろそろ次の段階に入るらしい。そうするとこういうチャンスもそうそうなくなって――」
「最終チェック完了。今回の任務、襲撃時に村にいた人間325人の処理は以上をもって完遂だ」
「――ちっ、所詮は機械か。おら、戻るぞ」
レイチェルはビームトンファーを納め、男の後について歩き出した。
(……任務……完遂…………? これは、私、が……?)
視覚情報を再度チェックする。
街の様子は良く似ているが、アーケインではない。
(なぜだ……、思い出す必要はない……!)
視界の端に人影を捉えた。
「なんだよ……何なんだお前ら……。こんなヒデぇこと……お前たちがやったのか……?」
村の門を出てすぐのところに、少年がひとり立っていた。たった今、旅から帰って来たのだろうか。
「お? ……へへ、ついてるぜ。こいつは俺がいただいた」
「父ちゃんや母ちゃんは……。生まれたばっかの妹は! ……まさか……」
「へっへっへ。──レイチェル、お前は手を出すなよ」
男はそう言い、ゆっくりと少年に近づいた。
「……く、くそっ!」
そして――
―――悲鳴。
―――少年の、誰にも聞きとめられることのない悲鳴が、森の中に響きわたる。
「ひゃはははは! そう逃げんなって! お前もみんなのところに送ってやろうってんだからよ!!」
(やめろ……なぜ殺す必要がある……。すぐにあの男を止めろ……!)
「なかなかすばしっこいな……。おいレイチェル、つかまえろ!」
男に言われ、レイチェルは振り返った。
少年はレイチェルを通りこし、村の中へ逃げ込んでいた。
しかし次の瞬間には――鈍い音をたて、少年の首が地面へ落ちていた。
(やめろ……!!! やめろ…………ッ!!!)
[精神波形に異常発生。全ての接続を強制的にクローズします]
「あっ……てめぇ、また人の楽しみを」
「その少年は村へ入った。私の任務の対象だ」
「――ちぇっ、そうかよ。ったくやる気なくすぜ」
男はぼさぼさの髪をかきむしり、言葉を続けた。
「そういや妹がどうとか言ってたな。そいじゃ、俺はそっちの方を……」
「処理済みだ。生きている人間はこの村にはいない」
「……かー、お前はホントに――」
[強制クローズ全て完了。シャットダウン後、二十分で平常モードで再起動します]
(なぜだ……。なぜ思い出す……)
[データ削除不能。権限がありません]
(夢……悪夢……、いや、現実、か………)
レイチェルの意識がブラックアウトする。
そして20分後、レイチェルは再起動した。