サリース:モトは……ヒドイんだろうね。
GM:ヒドイね。モトが一番ヒドイ。欲望にまみれた貴族たちの巣窟だから。
アルバス:「ここは、一番最後にする」
ゼナ:「え? シモーヌさんたちだけでも助けにいきませんか?」
アルバス:「トールでああした以上、ここで私情をはさむワケにはいかない」
GM:じゃあ……モトは通過するよ。
貴族都市モト──
欲望のままに変わり果てた人々が、街を闊歩していた。
他人の全てを知りたがり、自分のことは何も知られたくない。
嫉妬からくる裏切り、強奪、殺人……
嫉妬に『狂った』貴族たち。
貴族の身体を乗っ取り、つかの間の贅沢を楽しむスラムの人々。
そこは……地獄だった。
そんな中で、ことわざトリオの3人はしぶとく生き残っていた。
「ヒース、後ろ、後ろだァァ!」
「うをゥッ! この、コンチクショー! ……ふう」
「お前……強くなったな……」
「兄貴に教えてもらったからな。自分のやりたいことをやりたいときにやりたいようにする者の強さを!」
「……それって、一歩間違えばすごいメイワクなんじゃ……」
「おーい、ヒースにジョスター、こっち、隠れられそうな場所があるぞー!」
「「よし!」」
ふたりはニッカリ笑って、ミックの後を追った。
まるで魂を吸い取られるような感覚に、シモーヌは一瞬めまいを覚えた。
世界が『光』に覆われたとき……彼女の『願い』は現実のものとなった。
『治癒』の能力。
力の消耗が激しいらしく、ひとりを治すだけでくらくらする。
「ああすごい……。……ありがとうございます、シモーヌ様」
ステラは、生まれて初めて光を宿したその瞳に、涙を浮かべた。
「ステラが治ってくれて、私もうれしいから……」
ずっと、信じていたことだから……
そこへ、やはり右腕が『再生』した執事のカルが駆け込んできた。
「大変です! バケモノたちが、この屋敷を目指して……」
街の異変には気づいていた。人々が変異したことも。
目の前で変わり果てていった末に死んでいった召し使いたちもいた。
私のこの『力』も……そんな忌むべきものの一部なのだろうか……
「分かりました、地下室へ非難しましょう。……カル、無事な者たちを集めてちょうだい」
ぱらぱらと、天井から砂がこぼれ落ちる。ギシギシと悲鳴を上げている。
バケモノたちは鼻が利くようで、さっきから天井に穴を開けようと躍起になっている。
既に小さな穴から光が差し込み、闇の中に縞模様を描いている。
「こわい……こわいよう……」
もう何人目だろうか。
恐怖のあまり異形化し、理性を失い、暴れ、同じ召し使いたちに殺されていった……
シモーヌは、そばにいたステラをぎゅっと抱き寄せた。
ここに逃げ込んだのは間違いだったのだろうか……
だが、どこに逃げれば助かったというのだろう?
「シモーヌ様、大丈夫ですか?」
カルが小声で話しかけてきた。彼の腕は血で赤く染まっている。ほとんどは返り血だが、傷も負ってるようだ。
「カル、腕を出して。怪我をしてるわ」
「このくらい平気です。あんまり『力』を酷使すると、シモーヌ様の方が倒れてしまいます」
「いいのよ。……私にはこれぐらいしかできないから」
びきぃぃ……!
天井が大きく悲鳴を上げ……崩れた。
暗闇に慣れた目には、夕日の光さえまぶしく感じる。
もう夕方だったのね……
そんなことをぼんやり思いながら、シモーヌは瓦礫の隙間から上を見上げた。そこには……
バケモノが、いた。見覚えのある顔を飾りのようにつけた、ヒトだったものたち。
その中の1匹が、シモーヌを見て“ヒトの部分”でニヤリと笑った。その口から、言葉にならない『音』がもれる。
屈強な使用人たちが、シモーヌをかばうようにして立ち上がった。
カルとステラが、シモーヌの周りの瓦礫をどけようとしている。
そんなステラのこめかみから血が流れているのを見つけ、手をのばす。
「あたしより、自分の傷をお治しください。こんなに血が出て……痛そうです」
言われて初めて、シモーヌは自分が傷を負ってることに気づいた。
「私の『力』は、自分には効かないみたいだから……。だから、あなたたちを……」
カスリ傷を治しただけで、意識が飛びそうになる。もう、限界なのだろうか。
『力』を使い過ぎて死ぬか……血を流しすぎて死ぬか……バケモノに引き裂かれて死ぬか……
バケモノのあげた奇声で始まった殺戮を、シモーヌは遠くでの出来事のように見ていた。
世界から音が消え、吹き上がる血の滴が妙にゆっくりと地面に落ちていく。
手をのばしても、届かない。癒すこともできない。
カルがバケモノに殴りかかり、あっさり弾き飛ばされる。見ると、右腕がなくなっていた。
せっかく治したのに……
無意識にカルに手をのばし、『治癒』の力を使う。
もう……腕は再生しなかった。
「きゃあ!」
屈強な腕にステラが掴み上げられた。シモーヌも頭を殴打され、地面に転がされた。
視界が回り……赤く染まった空が見える。
空を見たの、ひさしぶり……
もう、自分がどこで何をしているのかも分からない。
あなた……見えてますか……
私は……ここにいますよ……
空が、どんどん赤くなっていく。
夕日が沈む……沈んでいく……
シモーヌは、目を閉じた。
あなた……私……ちゃんとやれてましたか……?
夕日が赤い。赤。赤色。目の奥の赤色は……永遠の赤だった。