OP.1[愛の温度]-Wish you were here- 01


深い深い海の底
長いこと眠っていたみたい
なんにも聞こえない
もう痛いこともない

早くあなたに会いに行かなきゃ

MNN Presents
【MOND REPLAY 完結篇】
 OP.1[愛の温度]
-Wish you were here-

 轟々と吹き荒ぶ風が、蹂躪するように街の上を通り過ぎていく。

  森の木々が激しい雨と風に大きく揺れ、獣の咆哮のような唸りを上げる。

  その音に思わず首をすくめ、マーロ=クリンスキーは恐る恐る豪雨のカーテンの先に目をこらした。

  視界の先に、恐ろしい獣なんていない。そのことを確認し……ほっと息をつく。少しでも早くその場を離れるため、歩を速める。

  やがて街にただ一軒の酒場の明かりが見えると、逃げ込むようにその扉をくぐった。
 
 

  あまり広くはない店内は、少ないながらも品のいい調度品で飾り付けられている。暖炉の炎に照らされた木目調の壁やテーブルが、マーロを暖かく迎え入れる。カウンターとテーブル席、どちらにもすでに先客があった。男女が半々、マスターも入れて6人。

  盛大に雨の滴を撒き散らしながら、マーロはカウンター席へと歩み寄った。
 

「春の嵐だね」
 

  温かいワインをカウンターに置き、マスターが言った。丁寧に磨かれたグラスが赤い液体の湯気で白く曇っている。
 

「ヒデエもんだ。何もこんな日に、」
 

  マーロはちらりとカウンターとテーブルに目をやり
 

「こんな面子で集まらなくてもいいだろうに」
 

  がはは、とカウンターの一番奥に座った男が大笑いした。筋肉に覆われた巨体はカウンターに少しも納まっていない。
 

「残念だったな、若い娘がいなくてよ」

「全くだ」

「まあまあ、いいじゃないか──たまには、こういう渋い面子でも」
 

  なだめに入ったのはテーブル席に座った男性だった。糸のように細い眼でにこにこと微笑んでいる。

  その隣の女性も、笑みを浮かべている。マーロに向けられた視線は、どこかうつろで焦点が定まっていなかったが。
 

「そういうことにしておくか。──マスター、俺、ワインよりもエールの方がいいな」
 

  ワインの方にもしっかり口をつけながら、マーロは隣の席に置かれた既に空になっているジョッキを顎でしゃくった。
 

「スティール、あたしもおかわり」
 

  エール樽のような身体を揺すり、マーロの隣の女性が言った。その顔は耳の先まで赤い。
 

  そのとき、口笛のような甲高い風の音と共に、窓がガタガタと震えた。天井からつるされた照明が微かに揺れている。

  そして次の瞬間、雷光が窓の外を白く染め、ほとんど間を置かずに雷鳴が響き渡った。たたきつけるような轟音だった。

  思わずみんな口を閉じ、外の音に耳を傾ける。雨の音がやけに耳につく。
 

「……『魔王』の降臨じゃ」
 

  隅のテーブルで蒸留酒を飲んでいた老人が、ぼそりとつぶやいた。
 

「魔王って……森の名の由来になった、あの……?」

「そうじゃ」
 

  老人はうなずき、歌うようにある言葉を口にした。
 

「魔王は黒き衣にその身を包む。魔王は嵐の後にやってくる。魔王は──」

「秩序と混沌のはざまで笑う……か」
 

  魔女のような鷲鼻の老婆が、老人の言葉をついだ。
 

「予言の言葉だよ。いつか魔王が降臨するという言い伝えがあるから、あの森は『魔王の森』と呼ばれている」
 

  緊張した面持ちで、一同は顔を見合わせた。

  風と雨の音が……魔王の嘲笑のようにも聞こえた。

 オーレオリン帝国のほぼ中央、巨大な『シャルトルーズの森』の東の端。

 森へ分け入り、かろうじて道らしき道を奥へいくと、高さ5メートルほどの石柱が二本立っている。それは簡素な造りの『門』であり、街への入口でもあった。

 その街は帝国の保護下にありながらも自治を任されている半独立都市であり、十二本の石柱で形成された円形の『結界』の中に隠された街でもある。

 人口は約400人。昨冬の事件で200人の死者を出し、その後街を離れた者もいたため、今はかつての半分ほどの人数になってしまっていた。

 街の名は、アーケイン。物語はここから始まる。
 

 時に、テーレ1142。閉ざされていた『門』が開いてから3ヶ月が過ぎ、遅い春が訪れようとしていた。
 

GM(ゲームマスター):テーレ1142、春。半独立都市アーケインから物語は始まる。

ミナモト=フウゲツ:Fのラストから3ヶ月か。自警団を取り仕切ってがんばっているぞ。

ユリア=スート:そういえば新しいリーダーは誰になるんれすか? やっぱりフウゲツさんれすか?

シュリ=W=ホーネット:表向きはね。裏のリーダーはやっぱり……──

フウゲツ:やっぱりシュリ?

シュリ:エミリーでしょう。

フウゲツ:……そうなのか? まあ、自警団の存在意義そのものが不明ではあるのだけど。

シュリ:だから……青年団なんでしょ。

レイチェル=ローゼンブラット:……ヴァイスは、やはり。

GM:今回は出番なし。

シュリ:とっても残念(棒読み)。

GM:さて。表向きな変化は、特にないかもしれない。けど……内面ではやはりみんな少しずつ変化が生じてきている。
 

 レイチェルは今も『結界の守護者』ではあるが、行動を束縛されたりはしていない。

 ユリアはますます強さに磨きがかかったが、時々自分の指先が血で濡れているような幻覚に襲われるようになった。

 シュリは相変わらずだが……エミリーの様子が最近おかしいこと、自分がそのエミリーに言いようのない恐怖感を感じていることを自覚している。理由はわからない。いや……わかっているが、認めたくないのかもしれない。

 フウゲツは……自分の居場所について考えることが多くなった。
 

 そんな、ある日のこと──
 

GM:レイチェル、君はタバコ屋のばーちゃんから猫のミケを探す依頼を受けた。

ユリア:はれ、前もタバコ屋のミケじゃなかったれすか?

レイチェル:また逃げたのだろう。

シュリ:ミケってアリアのところにいるんじゃ?

フウゲツ:あのミケは、にゃーとは鳴いても猫じゃないから。

GM:「名前を呼べば寄ってくるから」とのことだ。

レイチェル:「分かりました」

シュリ:猫探しはスリーアイの担当でしょ?

レイチェル:いや、今回こそは私が。

フウゲツ:レイチェルが探したいんだな。

レイチェル:ねこー……。

GM:それからまた少しして、フウゲツは領主のゲイン(副領主から正式に領主になった)に呼ばれる。

フウゲツ:あう……未だにゲインさんに会うと罪の意識が……。

GM:娘がふたりとも死んでしまったからね。……フウゲツのせいではないんだけど。

フウゲツ:それでもやっぱり、な。

シュリ:そしてゲインさんの言葉の端々に「娘を返せ〜娘を返せ〜」という思いが。

フウゲツ:あうー。だから、一対一ではあまり会いたくないんだ〜。
 

 領主ゲインの家──

ゲイン:「やあ、来たね」

フウゲツ:「こんにちは。……お元気そうで」

シュリ:元気? そんなワケないだろう、と(笑)。

ゲイン:「実は、君たちに頼みたいことがあるのだよ」

フウゲツ:「はい、何なりと」

ゲイン:「うむ。頼みごとというのは……『デリバリー自警団』として、とある街の事件を解決してほしいのだ」

シュリ:デリバリー……。いつの間にそんな商売を。

レイチェル:しかも30分以内に依頼の街に行かないと料金はもらえない。

ユリア:ここから30分で着く街なんてないれすよ?

GM:いつもこういうことをやってるワケではないんだけどね。アーケインのごたごたもなくなったし、その街の依頼主がゲインの古い知り合いらしいので。

フウゲツ:なるほど。「……で、どういった事件なんですか?」

ゲイン:「行方不明者が出ているらしいのだ」

フウゲツ:「行方不明……」

ゲイン:「正確な人数は分からないが、そのうちの一人は元々このアーケインの人間だという話も聞いた。それに、魔物が出るらしいという噂もある」

フウゲツ:「自警団にうってつけの仕事ですね。分かりました、すぐその街に向かうことにします!」



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