目を覚ませ
卑しい者たち
それは比較的大きな『船』だった。
『街』間を移動する、一般客船である。
その『船』は貴族都市モトで、めったにいない客を──しかも貴族でない客を乗せた。
マントに身を包んだ4人連れで、1人は身長が2メートルを越えている。
切符切りの少年は不審に思ったが、切符はちゃんとしたものだ。
念のためひとりにマントを取ってもらうと、以外にも瑠璃色の髪の美しい少女だった。
微かな笑みを浮かべ首をちょっと傾ける。さらさらの髪が肩を流れる。
それだけで少年の胸は高鳴った。
「乗っても……よろしいですか……?」
見とれてしまっていた少年はあわてて赤くなった顔を取り繕い、彼女たちを船内へ案内した。
『アイオーン』は水上都市トールに向かっていた。
後日トールを訪問する社長──フレイヴス=ファルバティスの護衛をするためである。
……護衛など必要ないほど、フレイヴスは強いのだが。
彼らはコイジィ・ニールの『船』ではなく、一般客船で移動していた。
『街』につくまでは休暇、ということらしい。
「どうせならもっと豪華な『船』に乗りたかった……」
シェオールはそうぼやいていたが、他のメンバーは満更でもないようだ。
マフィは早くも『船』のあちこちを走り回って探検している。
「ねえねえ、このモコモコした服はなに?」
「それは救命胴衣よ。『船』が壊れちゃったとき、それを着て逃げるの。『輝石』が縫い付けてあるから高いところから落ちても大丈夫──ってマフィ、どこいくの!?」
「高いところー!」
「ちょっとマフィ、待ちなさーい!」
どたどたと走っていくマフィの後を、カーがぱたぱたとついていく。
ゴーヴァは部屋の隅でおとなしくしている。
つかのまの、休息であった。
最近街という街で事件が起こっているせいだろうか。『船』の乗客は驚くほど少なかった。
だから船内のバーも、客はシェオールとトパーズしかいない。
「マスターぁ、もう一杯ぃ」
「飲み過ぎだぞ、トパーズ」
シェオールが来たときには、トパーズはすでにできあがっていた。
しかもその後、シェオールと同じペースで飲んでいる。
「なによう。文句あるってェのォ?」
「いや、別に」
「くゥー! なによう、スマしちゃってさァ。ほらァもっと飲みなさいよォ」
「飲み過ぎだ、お前は」
「あんたみたいなのは、酔っ払いでもしないかぎりホントのこと言わないでしょォ?」
「……ホントのこと?」
「そ」
トパーズの目に、理性の光が戻る。
「シェオールは……なんで『アイオーン』なんかにいるの?」
「それが聞きたかったのか?」
「だって……」
「そういうお前はなんでいつまでもここにいる?」
「え……?」
「コイジィ・ニールの仕事は決して楽なものではない。北の大陸から来たお前が理由もなくいつまでもいるような場所じゃだろう?」
「ァう……」
「あるんだろ……理由が」
「あたしは──」
カクテルが少し残ったグラスに視線を落とす。
「……会いたい人がいるの」
「男か?」
トパーズは黙って懐から写真を取り出した。
「写真か……。北の大陸も案外進んでいるんだな」
「これはたまたま残ってたヤツなの。どこで撮ったのか知らないけど、すんごく珍しいものなんだって」
「ふゥん……。で、この人がお前の会いたい人、か……」
そこには、トパーズと瓜二つの少女が写っていた。花のような笑顔で。
「からかってる……わけではなさそうだな」
「ラズリお姉ちゃん──イトコのお姉ちゃんなの。正確には違うんだけどね」
「行方不明なのか?」
「……死んだの。正確には、違うんだけど」
「ふゥん……?」
「だから、必要なの」
「何が」
「『大いなる遺産』」
「……!」
一瞬硬直したシェオールを見て、トパーズがにまーっと笑う。
「……知ってるのね?」
「……少し、な」
「ふーん……。──で、シェオールはどうなの?」
「ん?」
「あたしにだけしゃべらせるなんてズルイぃ」
「……同じだよ、お前と」
「女の人?」
「いや、男だ」
「ふーん……つまんないのォ」
「少ししゃべり過ぎた──俺はもういくぞ」
シェオールは少し多めにタラン紙幣を置くと、席を立った。
「──殺したい?」
「ん?」
「殺したいの? ──その人」
「なぜそう思う」
「なんかシェオールって……そんなかんじ」
「俺もひとつ聞いていいか?」
「なに?」
「お前、見かけよりずっと酒に強いだろ」
「シェオールは、見かけよりお酒に弱いみたいね」
トパーズも席を立つ。
「あたしの分も、ヨロシクね」
「な……!?」
写真をしまいながら、少女はニッコリ微笑んだ。
「乙女の秘密が聞けたんだから、そのくらい安いもんでしょ?」
ドクン……
ドクン……
ゴーヴァの時間は、静かに静かに流れていく。
そしてマフィは、夢の中にいた。それはもしかしたら昔の記憶だったのかもしれない。