タナトス……
あなたは覚えてないみたいだけど、あの後もやっぱり悲しいことがたくさんあったんだよ。
『ヒーメル』に……『C.L.R』たちに呪われた私たちには、どうすることもできなかった。
かわいそうに……ソフィアは……ソフィアは……
クリシュナに『殺された』の。ううん、『殺してもらった』の。
自分の命を自ら絶つようにして……『柩』の中で眠りについたの。
永い永い、眠りについたの。
クリシュナは、まるで抜け殻のようになって、数千年を生きた。
人形のように、その瞳に何も映すことなく……
ソフィアの『死』によって『疫風』が収まり、地上に満ちていったのは『ヒト』だった。
まるでゴーストタウンのようになった街に住み、彼らは少しずつ増えていったの。
宇宙から帰還した『ヒーメル』の王の一族と地上でのわずかな生き残りたちは、アールマティに隠れ住んだ。
時が流れて……
『ヒーメル』と『ヒト』の戦争があった。技術力と数の戦いだった。
何より、ヒトは『ヒーメル』を心の奥で恐れていたから……戦いはそんなに長くは続かなかったけど。
覚えてない?
タナーとヒュウ、何度も戦いをやめさせようとしたんだよ?
私……ずっと見てたから。自分の『魔力』が戦争に使われてるのを感じながら……ずっと見てたから。
やがてヒトを束ねる立場にある者たちの中に『ヒーメル』が入り込むようになり……世界は『安定』を手に入れたけど……
何も変わってはいない。
あのとき、私たちが見たあの『姿』のまま、何も変わっていない……。
ねえ、タナトス……
でも、私は幸せを手にすることができた。
ヒュプノスもアルゴスも死んでしまったけど、あなたは……あなただけは……
思い出して。
この4000年もの間、つらいことばかりじゃなかったことを。
大好きなタナー……あなたの幸せを、願っています。
・テーレ1136 “最後の楽園”ニャルラトホテプ
僕たちの戦いは……今、終わろうとしている。
世界は輝いていた。
タナトス:(これが……『大いなる遺産』の光……)
世界は『光』に包まれ……そして闇に覆われた。
女神オファニエルは復活し――それぞれが、それぞれの道を見つけたようだ。
フレイヴスにそっと寄り添っているネメシスは……幸せそうに微笑んでいる。
タナトス:(ネム……よかったね……)
そして、タナトスは……
・テーレ1136 情報都市ヴィゾフニル
タナトスは、目を覚ました。
タナトス:「ん……?」
ヴィゾフニルのはずれの、小さな家。
ユナ:「にゅにゅ、そんなとこで寝てたら、風邪ひくよ?」
タナトス:「……夢……?」
ユナ:「朝ごはん食べてすぐ寝ないでよー。それに、すぐ出発するよ」
タナトス:「え、あ、そうか……」
エスペルプレーナ2が宇宙に旅立つのを、見送りにいくのだ。
ガンバ:「クルックー♪ そろそろいくだわさ〜」
タナトス:「ああ、すぐいくよ」
マントを羽織りながら、タナトスは答えた。
・“旅立ちの地”イシュタル郊外
旅立ちの準備をしているエスペルプレーナ2。
見覚えのある顔がたくさん、楽しそうに話をしているのが遠くに見える。
ユナ:「にゅ、みんなのところにいかないの?」
タナトス:「僕はここでいいよ。……いってくる?」
ユナ:「ここでいい」
タナトス:「ガンバは……? ……ガンバ?」
いつも変な生き物だが、なんだか……目がうつろだ。
タナトス:「……ッ?!」
ガンバの思いが流れ込んでくる──そんな気がした。
(君たちは行きたいんだね?)
ガンバは自分の中にいる仲間たちに問いかけた。
――もう南キャンパス<ここ>は見尽くしたから
(……そうだね)
――もっと別の世界を見たいな。北にも世界があるし。そう宇宙<そら>の向こうにも。
(でももう体はひとつしかないんだよ。北へと宇宙へと両方にいくことはできないよ。それに――)
――ガンバは行きたくないんだよね。
(……うん)
――じゃあボク//アタシたちだけ行くよ。
(え?)
――それぞれ行きたいところに。もうボクたちの役割は終わったから。本当に解放された子供になるんだ。
――アタシはトパーズについていくわ。北の世界を見たいの。
――ボクは先生についていく。星の世界に行くんだ。
ボクは……アタシは……。数知れぬ子供たちの意識がガンバの中を駆け巡っていく。
(みんな……いなくなっちゃうの?)
――消えちゃうわけじゃないよ。いつか新しい命になるんだ。
――マフィやシェオ……えっと「ふのー」って治ったんだっけ……シェオールの子供とかリディの妹や弟として生まれ変わるかもしれない。
――ボクはエノク先生の子供になりたいな。あんな物知りのお父さんがいい。ああ、でもお母さんがいない。
(………………)
――この体は君の『思い』からできたものだろう? だからボクたちはいくよ。
――じゃあね。
――バイバイ。
ガンバは自分の中からどんどんと子供たちの『意識』が抜けていくのが分かった。
「さよなら」
なんだか不思議と悲しくなかった。
(こうなることを望んでいたのかな)
視点の先にいるあの子と同じになりたくてこの体を望んだ。
そして、それはやっぱりみんなと一緒にいるのはもうイヤだってことと同じだったのかな。『ヒト』の体はいくつもの心を入れるにはちいさな器だ。どっちにしろ長くはこの状態でいることはできなかっただろう。
(ふう。さて一人前になったはいいけど……なんだか不利な状態からスタートだなあ)
肝心のあの子には、自分よりずっと背の高くて大人の男しか見えていないようだ。
(こっちを向いてもらうためにもっと成長しなきゃね。よし、しばらくは武者修行だな)
だれもこちらに気を向けていないうちにガンバはこっそりと見送りの人々の群れから離れていった。
(見てろよ。ずっとズットいい男になって戻ってくるからな、ユナ)
轟音とともに、『船』が飛び立つ。はるか、故郷を目指して。
タナトス:「いけ……僕の想いも乗せて……」
『船』は飛ぶ。高く、高く、高く――
気がつくと……ガンバの姿はなかった。
それからしばらくして……ユナも、神官になるために、僕のもとを去った。
僕はまた……ひとりぼっちになった。
記憶。
連綿と続く、生きてきた『証し』
記憶。命。命が来る場所。命がいく場所。
そんなことを考えることが、時々ある。
100年に一度。
そう……そろそろ、『記憶が消える時』だ。
『忘却の時』が……迫っている。
僕の……
僕の記憶は……
消えて……
消えていく……
すべて……消える……
思い続けること。
忘れていくこと。
生きること。
死ぬこと。
リューセ:「ほえ?」
フレイヴス:「こいつは、『再生』と『消滅』の力の結晶を封印するための箱──『パンドラの匣』だ」
リューセ:「はあ」
フレイヴス:「こいつをどうするか……お前の未来をどうするか……お前が決めるといい」
リューセ:「……いいんですか?」
フレイヴス:「構わないさ。お前はもう……自由なんだから」
永遠は今も……僕の手の中にある。
だから
だから
ネメシス:「大好きだった人たちが年老いて、死んでいくのは悲しいね」
ネメシス:「でも……死を選べる『永遠』を持つ私たちは……生き続けている。どんなことがあっても……私たちは生きてきた」
ネメシス:「忘れないでタナトス。……いいえ、たとえ忘れてしまっても、きっと覚えてる」
ネメシス:「私たちは生きていく……この星とともに。この星の命尽きても。いつまでも、いつまでも……」
僕の永遠は……もう半ばを過ぎただろうか。
まだ
まだ
リューセ:「心開けば、大切な『想い出』は全部そこにある」
だから
だから
心地よい眠りが……近づいてくる。
ねえ
ねえ