GURPS・EDO『れ・みぜらぶる』〜無情篇〜(六)


  ――何だかよく分かんないけど転んでしまった椎名。唯樹は振り返りもせず走り去っていく。
 

椎名:……………。

GM:いや………コメントとかないの?

椎名:別に。拙者がこけることでみんなが助かればいいって考えだから。

GM:……あ、そう。

椎名:唯樹の後姿を見送りながらゆるゆると立ち上がる。

GM:立ち上がりかけた君の肩に追手の手がかかる。

椎名:振り払いつつ、立ち上がりざまそっちを見ながら身構える。

GM:顔が上がった瞬間、その肩といい手といい袖といい足といいありとあらゆる所に手が伸びてくる。

椎名:それは一応抵抗してみるけど……。

GM:無駄だね。何てったって相手は十数人もいるんだから。

椎名:止むを得まい、それは組み伏せられてしまうな。

GM:中には君の顔を踏みつけたり、蹴りつけてくるやつもいる。

椎名:ぐあ、それは……。とりあえずそいつを睨みつけておこう。

GM:弱いくせに(笑)。

椎名:それは否定できない(笑)。

GM:まあそうやって君が痛めつけられていると、だ。男達の背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。

GM/男:「もうそれ位にしてやってくれ」

椎名:そっちに顔を向ける。泰蔵かな?

GM:ご明察。

泰蔵:「売ったとはいえ元は私の主人なんだから」

椎名:やっぱり泰蔵が売ったんだ。

泰蔵:「しかし情けない。つまらない流言に騙されるからこうやって本物に逃げられそうになるんです。今度は逃げられないよう、蔵にでも閉じ込めておいたらどうです?」

椎名:ひどいことを言う(笑)。

GM:いいじゃん、蔵に閉じ込められるの慣れてるでしょ?

椎名:確かに二回目だが……別に慣れてはおらんぞ。

GM:泰蔵はそれだけ言い残して去っていく。で、残った連中が君を縄でぐるぐる巻きに縛り上げる。

椎名:もう抵抗はしないよ。おとなしくしておこう。

GM:ではこの屋敷の主人である藤堂高虎の前に連れて行こう。

GM:土間に引き据えられた椎名。目の前の板間に着流し姿の中年男が座る。

椎名:この人が高虎?

GM:そのようですな。

高虎:「……今さら何をあがくか、盛親よ」

椎名:「………」

高虎:「元亀天正の戦国乱世はもはや夢物語となった。わからぬのか?」

椎名:(苦しげに頭を振りながら)「……まだ……まだ、終わらぬ……」

高虎:「今さらこの世に乱を起こしてどうするのだ」

椎名:「………」

高虎:「長い戦乱で民草は疲弊しきっている。お主も国を持ったことがあるなら判るであろう」

椎名:(それは判っている。判っているが……しかし……)

高虎:「今日のようなことを繰り返しているようではこの先、内府への言い訳も立たんぞ」

椎名:「………」

高虎:「時には猫になることも人生には必要だと思わんか?」

椎名:「……牙を抜かれて生き長らえる位ならいっそ、虎のままでの死を望む」(←お前のどこが「虎」だったんだ?)

高虎:「もったいないのう。その浅慮がおぬしをその境涯に落としたことにまだ気付かんのか?」

椎名:「そんな生き方で満足しようとは思わぬ」

高虎:「見上げたお心、と言っておこう」

椎名:「それより私の助命嘆願など願い出れば貴家にも迷惑が及ぶのではないか? 速やかに私を斬るがよかろう」

高虎:「……では、お言葉に甘えよう。具体的には明日、告げることにする」

椎名:観念した風に頭を下げていよう。

高虎:(自分さえよければいいのか。つまらん男だ。所詮人の上には立てん男よ)

 ――夜。椎名は泰蔵の意見通り、屋敷の蔵に閉じ込められた。
 

椎名:まっすぐ前を見て、正座しておく。

GM:(誰に対して見栄を張ってるんだか)

椎名:ふっ切れたような表情をしておこう。

GM:まあそうやってきみが闇に向かって格好つけていると、だ。夜中。今でいえば11時くらいだけど……寝てる?

椎名:とても眠れるような心境じゃないと思うぞ。

GM:正論だね。……君の背後、積んであった木箱が派手な音を立てて崩れる。

椎名:ほう。

GM:で、崩れた木箱の山の中から埃まみれの男が出てくる。

椎名:泰蔵?

GM:正解。

椎名:ではそっちを振り向いて「どうしたのだ?」と聞きながら今の物音が外に聞こえて警戒されてないか扉に寄って聞き耳を立てる。

GM:一回にやることは一つにしようや(苦笑)。

椎名:ごめん(笑)。泰蔵に「どうしたのだ? こんなところに」と尋ねるよ。

泰蔵:「どうした、といわれましてもねぇ。処刑が決定したみたいですね」

椎名:「ああ、そのようだな」

泰蔵:「惜しいですね。せっかく藤堂殿が助命のために走り回ってくれていたのに」

椎名:「まあ、止むを得んだろう。これも影の務めだ」

泰蔵:「この世に未練はない、と」

椎名:「ないな。殿の御名を借りて死ねるのだ。これほど名誉なことはなかろう」

泰蔵:「はっ、見上げたお心だ。あなたは影の鑑だよ」

椎名:「何とでも言うがいい」

泰蔵:「考えても御覧なさいよ。あなたが死ぬことで生き延びるもう一人の『あなた』はのうのうと妻子とともに平穏な暮らしをするんですよ?」

椎名:「それがどうした?」

泰蔵:「いいんですか? それで。名を借りて死ぬのも戦場ならいざ知らず、処刑ですよ?」

椎名:「やけに突っかかるな(笑)。私の命と殿の命では重さが違う。殿には長宗我部家再興という……」

泰蔵:(……長宗我部家再興? 何を聞いてたんだこの人は)「そんなことはありませんよ。万に一つも。さっきだって高虎殿に言われていたでしょう?」

椎名:何でも知ってるな(笑)。

泰蔵:「生き延びたいとは思いませんか?」

椎名:「私が生き延びて八方丸く収まるならそれも考えよう。しかしそうもいくまい?」

泰蔵:「行くとしたらどうしますか?」

椎名:「何?」

泰蔵:「生きたいですよね?」

椎名:「………」

泰蔵:「命は大事に使いましょうよ」

椎名:「………。ふむ」

泰蔵:「本題に入りましょうか。今回の大阪入城にあたって影であるあなたに殿から何か連絡はありましたか?」

椎名:「なかったが? ……それがどうかしたか?」

泰蔵:「大阪城とて戦場です。しかも殿は堂々の大将格として入城されましたよね?」

椎名:「ああ、そう聞いている」

泰蔵:「……影は不要だと思いますか?」

椎名:「……そう、だな。そう言われてみれば……」

泰蔵:「連絡ないのはおかしいですよね?」

椎名:「連絡つかなかったか、忘れられていたか。……あるいは……」

泰蔵:「連絡つかないわけがないじゃないですか。あなたの直接の主君である桑名さまは殿の親友ですよ?」

椎名:「確かにそうだな。では他にいた……?」

泰蔵:「そうです。それもあなたより身軽な境遇の方が」

椎名:「なるほど。それで合点が行った」

泰蔵:「関ヶ原のとき国許に残っていた鏡政直さま(もう一人の影武者)がいち早く城内に入られたんですよ」

椎名:「そうだったのか……」

泰蔵:「大阪城内に潜入したとき、会いました?」

椎名:「会っていない。影であれば基本的には殿の傍にいるか、私らのような不審者に最初に会うべきはずなのに……」

泰蔵:「鏡さまは前日、若江にて深手を負われ、戦場を離れていたんですよ」

椎名:「なんと……」

泰蔵:「ご立派な最期でした」

椎名:しばし冥福を祈って黙祷。「――場合によっては私がそうなっていたわけだな……(遠い目)」

泰蔵:「そうです。関が原といい今回といい、ひょっとしたら椎名さまはかなりの強運の持ち主なのかもしれませんよ」

椎名:「いまいち実感もないし、使い方も知らんようだがな(苦笑)」

泰蔵:「その遺体を今、さる寺にてお預かりしております」

椎名:「……それで?」

泰蔵:「ええ。この遺体と、あなたを入れ替えます」

椎名:「遺体をそのように使うというのか?」

泰蔵:「ええ。彼には遺族もいないし、守るべき家もないですから」

椎名:「そうか……(しばし考えて自分を納得させて)……わかった」

泰蔵:「よろしいですね?」

椎名:「ああ。よろしく頼む」

泰蔵:「お任せください。……………他に聞いておきたいことはないですか?」

椎名:「他に? …………はて………………………お主、どうやってここに来た?」

泰蔵:(何だそりゃ)「それは言えません。言えばあなたは逃げるでしょう? そこから」

椎名:「否定はできんな(笑)」

泰蔵:「命が惜しいんじゃないですか(笑)。じゃあ聞かれてないけど答えましょう。殿はあのあと無事、堺の商家出水屋に到着されました。全く心配はされてないようでしたが、一応、念のため」

椎名:それを聞いて肩の力がふっと抜ける。

泰蔵:(うわ、最低だ、コイツ)「……今さらそんな素振りをしなくていいですよ」