SILVER HEART 2
LucA presents

 よく見えない……画面が乱れたような景色の中……微かに誰かが映ってる。
 誰? ……誰なの……?
僕は必死で呼びかける。
 何でこんなに一生懸命なんだろ?
自分でも分からないけれど、なぜか僕は呼び続けてる。
何故かなつかしさがこみあげてくる。
 なつかしい? 僕はどうしてなつかしいと感じられるの?
不思議な空間の中、微かに映る“誰か”を僕は追い続けて……

「また……だ」
僕は目を覚ます(というより充電が終わる)とそうつぶやいた。
僕の名前は“DS−HT173”通称デジタル、ようするに僕は機械人間。
つい最近になってから、僕は毎日のように“夢”をみる。
いつも“誰か”を呼びながら追い続ける“夢”を……。
そしていつも“誰か”をつかまえられないまま目が覚めるんだ。
僕らの仲間には誰も“夢”なんてみるヤツなんていないのに……。
研究所に行けばすぐに理由<わけ>は分かるはずなんだけど……やっぱり自分の目で確かめたいからね。
あっ…と、僕の仕事は秘書。これでも、とある大企業の第2秘書。
ちなみに第1秘書は“BO−SR201”通称ベース。とてもやり手の先輩で、僕がいなくてもいいんじゃない? ってくらい。

「おはよ〜っ……って、あれ?」
いつもの通りベースが来てると思って、秘書室に入ったのに誰もいない。
「おかしいな……」
自分のコンピューターの前に座ってスイッチをONにする。
──今日は調子がおかしいから研究所に行って直してきてもらう。だから会社を休む。頼んだぜ。  ベース──
「え?! うそだろ〜」
画面に映し出されたメモをみたとたん僕は声をあげた。
今日は超めんどくさい仕事が来るはずの日だ。僕がやったら残業確実の。
 コンコン
社長室のドアをノックし、僕は自分の名をつげた。
「デジタルです」
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けて中に入る。
「おはようデジタル」
「おはようございます、社長。今日ベースは……」
「調子がおかしいんだって? さっき連絡が入ったよ」
「そうですか」
「ところで、今日の仕事、『例』のだけどやってくれるだろ?」
「あ、はい」
「他の仕事は明日に回していいから」
「はい、分かりました」
「じゃ、これ。頼んだよ」
書類を受け取ると、僕は社長室を後にした。

「これを……こう……してっ……これは……こうで……よしっ! できた」
出来上がった書類をプリントアウトして、社長室のデスクの上におく。
「さ、帰ろ」
時計を見ると9時を回ってる。僕のいつもの退社時間は5時だっていうのに……。
なんてことを思いながら車に乗り込む(もちろん僕のだよ)。
そして僕は、アクセルを踏み込んだ。

早く家に帰りたくて、いつもよりスピードを出して帰ってる途中の事だった。
「危ない!」
突然道路に女の人が飛び出してきた。あわててブレーキをふむ。
間一髪、ギリギリで車は止まった。
「大丈夫ですか?」
車をあわてておりて、うずくまってる女の人に声をかける。
ゆっくりと顔を上げたその瞳に、涙が浮かんでる。
「!? ……あ、あの……どこかけがでも……」
おそるおそるたずねると、彼女は黙って首を振った。
 何かあったのかな
そう思いながら、ゆっくりと女の人を立たせてあげる。
「あの……何かあったんですか? よろしければ僕に力にならせて下さい」
 何言ってるんだろ?
「……笑わないで聞いてくれる? 私ね……ロボットを愛していたの。機械人間のD−boyを……」
「D……boy……?!」
 確か……そう……この間誰かが言ってた……
 D−boyっていうヤツが……意識を芽生えさせて……行方不明に……
 じゃ、この人はD−boyの……
「D−boyのこと知ってるの?」
「あ、いえ、うわさでちょっと聞いたことが……」
「そう……なの……。私の話、聞いてくれる?」
「僕でよければ」
 何言ってるんだろ? この人の話なんて聞いてあげる必要なんかないのに……
 でも何か……何か気になる……どうしちゃったんだろ?
自分のしていることが自分でも分からない。
──最近のデジタルって何か人間っぽいところあるよね──
仲間の子が言ってた言葉がふいに頭に浮かび上がる。
 確かにそうかもしれない

「……ね、ここじゃなんだから……よかったら私の家に来ない? すぐ近くなの」
「あ、はい」
歩き出した彼女の後ろをついていく。
3分も歩いたかな……まぁ、それぐらいの所に彼女の家はあった。
「どうぞ」
カギを開けて中にまねき入れてくれる。
表で確かめた表札には『松本晴美』と書いてある。その下には『DS−AT1951(D−boy)』の名前もあった。
「晴美さん……って言うんですね」
「あっ、ごめんなさい。そうなの。言うの忘れてたわね」
「いえ……あ、僕はDS−HT173通称デジタルです」
「えっ?! あ、あなたが……」
僕の名前を口にしたとたん、晴美さんは顔色を変えた。明らかに動揺してる。
「どうかしたんですか?」
「……え、あ、何でもないの。ただ……あなたが人間だと思ってたからびっくりしただけ。ただそれだけよ」
あわてて答えているけど、何かある。
 僕の名前を聞いておどろいたみたいだけど……何なんだろう?
「あっ、あのねっ、D−boyの部屋で話したいんだけど……いい?」
「別に、かまいませんけど……」
「よかった……。っと、ここなの。入って」
開けてくれたドアから中に入る。
「ごめんね。いきなり道路に飛び出すわ、話聞いてもらうのに家まで来てもらうわで……。迷惑だったでしょ?」
「いえ……そんなことないです。僕でよろしければいつだって……」
「ありがと。そう言ってくれるとホッとするわ」
晴美さんは少し微笑んだ。
さりげなく視線をズラすと、机の上にある写真に気がついた。
「あ、それ……D−boyと私……最初で最後の……」
僕の視線に気づいた晴美さんがまた少し顔を曇らせた。
彼女はその写真を手にとると、それをみつめながら話し始めた。
「私がD−boyと初めてあったのは、父が死んで社長をつがなきゃならなくなった時……。
あの時の私、まだ父の死から立ち直ってなくてひどい状態だった。
仕事なんか全然手につかなくて……D−boyがいつもはげましてくれてた。
……いつの間にかD−boyの事好きになってた……。
誰にも言えない事、D−boyにだけはいつも相談してた。いつだっていいアドバイスをくれた。はげましてくれた……。
『晴美ならきっとできる。自信持って……。応援してるからね』って。
……D−boyがいなけりゃ、駄目になってた。本当に……」
そこまで言うと今度は僕をみて、少し苦笑いしながらささやくように言った。
「本当に言葉通り……D−boyがいなくなって、私、駄目になっちゃった……」
苦笑いした顔が泣きそうな顔に変わっていく。
「D−boyに意識が芽生えて、私の事好きになってくれたの知った時、私迷わずD−boyと逃げる決心をしたわ……。
……知ってるでしょ? どうなるのかくらい……」
僕はだまってうなずいた。意識が芽生えたロボットは、データを消されるか解体<こわ>されるんだ。
もしそれをせずに逃げた場合、持ち主は殺されることになってる。そういうきびしいきまりなんだ。
「D−boyとずっといっしょにいたかったのよ……ずっと……」
「……だったら、データを……D−boyのデータを消してしまったらよかったんじゃあ……」
「それじゃD−boyじゃないわ!」
僕の言葉を彼女はすぐ打ち消した。
「あなたには分からないの? 分かるはずでしょう?
思い出してよ、あなただってデータを消される前には、意識があったんでしょ?
残された人の気持ち……里美さんの気持ち分からないの?」
「データを……消されてる……? 僕のデータは……一度消されたものなの……?」
 そうだ、夢……僕が毎日のように見ている夢……あの人影は誰のものなの……?
危険信号が鳴り始めた。頭がショートしそうなほど熱い。
その頭を抱えながら、危険信号を無視してデータを探し続ける。
 データは消されているはずなのに、なぜあの夢をみるの? 
 ……分からないよ……あの人影は一体誰なの? ……頭がショートしそうだよ……
「デジタル?! ……どうしたの? しっかりして! ……デジタルッ!」
遠くで晴美さんの声がする。
でも僕はデータを探すことをやめられない。止まらないんだ、もう。
いつのまにか回路もくるいはじめている。データが暴走し始めた。制御なんかできるわけない。
危険信号はけたたましいぐらい鳴り続けている。
<レンズ>の奥の画面が乱れてる。
微かに夢の中の“誰か”が映ってる。
僕はその“誰か”を見極めようと目をこらす。
頭の中は熱くてショートしそうなのに、そんなことおかまいなしに“誰か”を求め続けてた。
 誰? ……誰なの? ……僕の消されたデータは“君”なの……?
乱れた画像がだんだんはっきりしてくる。一つの名前にデータがぶち当たる。
 里……美……?! ……里美っ……!
消されたはずのデータがよみがえる。
……忘れていたはずの感情が……涙が……あふれ出す。
「さ……と……み……。里美っ! ……里美っ!!」
いつのまにか僕は一人の名前を呼び続けていた。
もうすべてのデータがよみがえってしまっていた。僕と……里美のすべてが……。
「……デジタル?! 思い出しちゃったの? なんで? データなんかないはずのあなたになんで……?!」
晴美さんがおどろいた顔でみつめてる。
「僕にだって分からないよ……。でも一つ言えることは……僕は里美を忘れて生きられないってことだけ……。
あれほど苦しんだのに……里美を忘れようとして……新しい道を歩こうとして……なのに今さらなんで……」
目から涙があふれる。
もう自分がどうなっているのか分からない。
頭の中の危険信号はまだ鳴りっぱなしだ。
回路はショートしてる。
ただ里美だけが映ってる。
「泣かないで、デジタル……。私のせいね……あんなこと言わなければ……。
私、二人も機械人間を傷付けちゃった……ごめんね、デジタル。泣かないで……」
晴美さんがそっと僕の涙を指でぬぐった。ぬぐった先からまた涙がこぼれる。
「ごめんね……デジタル……」
もう一度晴美さんが僕にあやまる。僕はだまって首を横に振る。
何も言わずに涙を流し続ける僕を、晴美さんが優しくそっと抱きしめる。
いつの間にか危険信号のベルが止まってた。回路もちゃんと元に戻ってた。
「もう……大丈夫……」
少しして、僕はそっと晴美さんから離れた。
「僕の方こそあやまらなくちゃ……。晴美さんの話を聞いてあげる為に来たのに……。
ごめんね。それから……ありがと。晴美さんのおかげで里美の事思い出せた」
「……デジタル……」
「ずっと里美の“夢”をみてたんだ……いつも誰だか分かんなくて……やっと分かったんだ……晴美さんのおかげで……。
もちろん、晴美さんと出逢わなかったとしても僕はきっと里美を思い出してた……。
データを消したって何度だって思い出せる自信が僕にはあるんだ……。
誰よりも里美を愛していたから。だから、D−boyだってきっと大丈夫。信じてて。きっと思い出してくれるよ。ね?」
「うん……信じてる。D−boyの事、信じてる」
「じゃ、僕そろそろ帰るね」
「うん」
ドアを出ようとして、ふと僕は晴美さんの方を振り返って言った。
「晴美さん、もし里美に会ったら今日の事伝えてほしい……。
それから、僕がデータを何度消されても必ず里美の事思い出せるって言ってたって……」
「ん、分かった。伝えるよ……。あっ……そうだ、これ……」
晴美さんは棚の中から一枚のCDを取り出すと、僕に手渡した。
「……何? これ……」
「この間、中古のCDショップで買ったの。もう100年も前のグループのアルバムなんだけど、一曲目聞いてみて……。
きっと、次に里美さんを思い出す時役に立つと思うの」
「ありがと……大切にするよ。……じゃ、ね」
「ん、バイバイ」
晴美さんに見送られてドアを出る。
車に乗り込みエンジンをかけると、カーステレオにCDを入れる。
車を発進させると同時に曲がかかり始めた。
シンセで作ったらしい機械的なイントロ。
男にしては高いキーの、特徴のある声が歌が始まる。
「なるほど……ね」
機械が人を好きになってしまう歌……僕と里美、D−boyと晴美さんの歌……
 100年も前から、こういう思いはあったんだね、里美……
きっといつか、また“想い出す”……
<The End>


 


あとがき
小説目次
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