SILVER HEART

LucA presents

 

僕は”DEーPS1951”
人とまったく変わらない姿をしたロボット――つまり機械人間――通称D−boy。
今の社会、僕の仲間達はあちこちで人間の手伝いをしてる。
僕の仕事は秘書。晴美――松本晴美、25歳。とある電器メーカーの若き女社長――の秘書をしてる。
晴美と会ったのは1年前。
ちょうど晴美の父親(元社長)が病気で亡くなってしまった為に、晴美が社長をついだ時だった。
あの頃の晴美は社長なんか務まらないくらいおとなしい子だったけど、今じゃバリバリ仕事をこなしてる。
まぁ僕が教えてあげなかったらどうなるか分からないけど。


「D−boy」
晴美が僕の名前を呼んだ。
「何?  晴美」
「午後からの会議の資料、すぐ出せる?」
「もちろん」
「じゃそれを1部私にちょうだい。で、50部ほど作っておいて」
「分かった」
軽くうなずいて、頭の中のデータを探し出しコンピューターの画面に手を触れる。
目を軽く閉じる。目を開けた時には画面にデータが打ち出されてるしくみになっているんだ。
資料をそろえ終わって1部晴美に持っていく。
「晴美、できたよ」
「ん、ありがと。そこおいといて」
晴美はコンピューターに向かって何か考え込んでいる。
「何をやってるの?」
「ここをどうしようかと思ってさ。D−boyならどうする?」
画面をのぞきこんで瞬時に読み取る。
頭の中のデータを探し、一番あうものをみつけると、僕はキーをたたいて画面に打ち出した。
「これでどう?」
「やっぱりこうするか……。ねぇD−boy、こうしたら一番いいんだろうけど、ここを……こう……して……っと。こうしたらどうかな?」
晴美がキーをたたいて僕のデータを少し変えた。
「うーん、なるほどね。それでもできるよ。また1つ新しいやり方作ったね」
「ちゃんと頭にインプットしといてね」
「もうしてるよ。晴美はすぐに忘れるからね」
「あ、ひど〜い。私はD−boyみたいなコンピューターじゃないんだからいいでしょ?  だいたいそのためにD−boyがいるんだから」

――ズキン――

痛むはずのない胸に衝撃が走る。
「そう……だね……」
「どうしたの?」
「何でもないよ、晴美。それより他にすることは?」
「そう?  じゃ、これお願い」
書類を手渡されて、自分のコンピューターの前に戻る。
――何だろう、この感じ……
さっきの痛みの”訳”を”なぜか”を探す。
すべてのデータを探しつくしても答えがよく分からない。

――D−boyみたいなコンピューターじゃないんだから――

晴美の言葉が頭を回ってコントロールできない。回路が迷い出し始める。
「――……boy……D−boy……どしたの……D−boy……しっかりして!」
体を揺さぶって晴美が呼んでる声がする。迷い出した回路が元に戻らない。
ようやく制御した回路を確かめて僕は晴美に返事をした。
「もう大丈夫だよ」
「何が起こったの?  調子悪いなら直してもらって……」
「大丈夫だってば。ちょっと回路をいじって直してただけだから」
心配そうな晴美の顔が、安堵の表情を浮かべる。
「そう……、だったらいいけど。さっきのD−boy、変だったからびっくりしちゃって」
「変って……僕が?」
「うん、何だかよく分かんないけど、でも、大丈夫ならいいの。……今度から回路いじるときは言ってね」
「……分かった」
――この問題は後でじっくり考えよう……
僕は仕事を再開した。


「D−boy、時間になったから帰るっ」
晴美が荷物を整理してる。
軽くうなずくと、僕は自分のコンピューターをしまった。
「車を取ってくる」
「お願いね」
僕はkeyを取り出して部屋を出た。
僕は晴美の運転手でもあるし、家に帰れば料理なんかもする。つまり僕は晴美の何でも屋なんだ。
正面玄関に車をつけると、晴美がドアを開けて乗り込んできた。
「晴美、今日はどこかに寄るの?」
「ううん、別に寄るとこないからまっすぐ家に帰って」
「OK」
車を、発進させる。


「あ〜、やっと帰ってきた。D−boy、もう今日は何もしなくていいから、自分の部屋戻って好きなことしてなよ」
「ありがと」
僕は晴美が気を使ってくれたのがすぐに分かった。
僕にとって人の感情を見分けることはそう難しくない。
――感情……?
自分の言った言葉が何かにひっかかる。
またデータ探し始める。今日の僕は何だか変だ。

――D−boyみたいなコンピューターじゃないんだから――

また今朝の晴美の言葉を思い出す。自分が分からなくなる。
自分の部屋のコンピューターの電源を入れる。
画面に手を触れてデータを送り続ける。

――D−boyみたいなコンピューターじゃないんだから――
    ――D−boyみたいなコンピューターじゃないんだから――
        ――D−boyみたいなコンピューターじゃないんだから……

晴美の声が回り始める。回路が迷い出す。制御しきれない!
画面が乱れだした。データがめちゃくちゃに流れ出す。
頭が爆発しそうな勢い……止まらない!  ……誰か助けて!
画面の奥に誰か見える。
……誰?
……ぼんやりした顔しか見えない……  本当に誰なの?
……胸が熱いよ……胸が……熱……い?!
どうして?  ……僕に心なんかあるわけがないのに……分からない……

――D−boyみたいなコンピューターじゃ……
    ――コンピューターじゃ……
        ――D−boyみたいな……

止まれ!
……何でこんなことに……晴……美……晴美なの?!
画面の顔は晴美だ!  ……なぜ……晴美が……まさか……僕に感情が……
この胸の”熱さ”は……”苦しさ”は……”せつなさ”なの?
……人間なら分かる……
この気持ちは……”愛しさ”……?!  ……どうして僕に……
「うわっ!」
コンピューターが耐え切れずに僕をふっとばす。
「D−boy?!  何があったの?」
物音に驚いた晴美が走ってくる音がする。
「D−boy?!」
ドアが開いて晴美が部屋に飛び込んで来る。
「D−boy?!」
駆け寄って抱き起こしてくれた晴美の顔が不思議そうな色に染まる。
「D……boy……泣いているの……?」
頬を何かが流れていく……これは……涙……?
「なぜ……僕は泣いてるの……?」
ぽつりとつぶやく……また回路が……迷い出す……!
「D−boy!  何も考えちゃだめ!  考えないで!」
晴美が叫んでる。きつく抱きしめられる。

……あたたかいね……晴美……

もう何も分からなくなってきてる。
1つだけ分かるのは、僕はおかしくなってしまったことだけ。
晴美に抱かれて、僕はただじっとしていることしかできなかった。


「D−boy……もしかして……感情が芽生え始めてるんじゃない?」
「晴……美……?!  何を言ってるの?  僕はロボットだよ……おかしいだろ?」
その夜、僕はすべてを晴美に話した。
あれだけのことをしておいて、何もなかったとは言えない。
「じゃあ何でD−boyの胸が熱くなるの?  おかしいでしょ?  機械には心がないのに……」
半分は分かってる。僕には感情が芽生え始めたってこと。だけど……
だけど、機械の僕がそれを許さない。
許さないから回路が迷い始める。
制御できなくなる。
感情を押し殺したい僕と、感情を認めたい僕。……どちらにいけば楽になれる?
押し殺せばきっと僕は以前の僕に戻れる。……でも押し殺さなかったら……?
……きっと、解体(こわ)される。
感情を持たないのが僕達の法則……確か前に1体だけいた……あれは……確か、そう、DS−HT173……
あいつは確か今までのデータを全て消され、また別の道を歩いてるはず……
……僕は……?
「逃げてもいいんだよD−boy。感情を持ってしまったロボットは解体されなきゃいけないのは私だって知ってる。でもD−boy、もし、あなたが解体されたくないのなら……私を好きでいてくれるなら……逃げよう。ね?」
「晴美、それはだめだよ。そんなことをしてもし捕まったら晴美も殺されちゃうんだよ?」
「D−boyといっしょなら、それでもかまわないよ」
――No……!
データが答えをはじき出す。許されない……それだけは……

――D−boyといっしょなら、それでもかまわないよ――

晴美の言葉が頭の中を駆け巡る……一途な目が僕を惑わせる……やっぱり僕には感情が……
「……明日、ここを出よう。だから晴美、朝までちゃんと眠って」
「D−boy……?  本当に……?!」
僕は黙ってうなずいた。
「じゃあ私、眠るね。明日からの為に」
「うん……おやすみ、晴美」
「おやすみ、D−boy」
晴美が自分の部屋に戻っていく。
僕はただ、それを見ていた……


「ごめんね、晴美……」
A.M.3:00。
晴美の部屋のデジタル時計が淡く晴美を写しだした。軽い寝息が聞こえる。
僕はそっと晴美の口唇に口唇を重ねた――
 

――たとえこのまま意識がめばえても
          血は流れない  夢をみても  会えない――

 
<The End>


あとがき
小説目次
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