Brand-new Heaven #6
僕とアイツと彼女の話
 ……なんでこんなことになったんだろう……
 

 気が付けば、もう若葉の季節。

 僕は……墓参りに来ていた。

 ぽっかり晴れた青空の下で。バケツと花と線香を持って。

 僕は……『奥居家之墓』の前に立った。
 

 二葉の……バカ……
 

 黙って花と線香をあげ、振り返ると……そこには、新崎がぽつんと立っていた。

 いつも通りのヤボったい眼鏡。髪は、首の後ろでゆるくひとつにまとめてある。……私服姿もやはりぱっとしないヤツである。

 なぜ彼女がここにいるのか分からないが……今一番会いたくない相手だった。
 

 『奥居さんが……死ぬ……』
 

「新崎……」
 

 僕は、彼女に声をかけた。彼女は……ぴくりとも反応しない。
 

「お前も……来るか?」
 

 新崎は、コクンとうなずいた。


「……で、何で俺がお前の代わりに墓参りしないといけないワケ?」

「しょーがないでしょ、あたし、こんな状態なんだから」

「いや、だから墓参りなんてのは……」

「あたしの趣味なの日課なの」
 

 ……あーそうですか
 

 あの事故から早2週間。

 まだ入院してはいるものの、二葉は驚くほどぴんぴんしていた。

 頭から落ちたはずなのに外傷はほとんどなく、右腕の骨折が一番の重傷だったらしい。

 だったらあの大手術は何だったのかってことになるが……二葉はあまり気にしていない。
 

「それに、あたしが死なないで済んだのは、御先祖様のおかげかもしれないしね」

「そう思うなら、あの世に行ってお礼言ってくりゃよかったんだ」

「なによー、カズちゃんのいじわるー!」

「カズちゃんて呼ぶなって言ってるだろー!」
 

 と……二葉が視線を僕の後ろに向け、
 

「――ところでさ、なんで彼女と一緒だったの?」
 

と聞いた。
 

「お前の見舞いにきたんだよ」

「だからって……」

「行きたいって言ったから連れてきただけだよ」
 

 違う気もするが……まあいい。
 

「あはは、心配しないでね。ちょっと頭強く打っただけだから」
 

 二葉の言葉に新崎はうなずき、少し笑った。
 

 ……どうでもいいが、頭を強く打つのはヤバイと思うぞ
 

「でも、珍しいね、織葉が来てくれるなんて」

「オルハ……?」

「あの……私の名前です……」
 

 あ。
 

 そうか、僕は彼女の名前すら知らなかったのだ……

 ここまで印象の薄いヤツも珍しい。
 

 新崎織葉――それが彼女の名前。
 


 それから、しばらく二人は僕そっちのけでおしゃべりしていた。

 最初はうつむき加減だった新崎も、だんだん二葉のペースに巻き込まれてきたのか口数が多くなっていった。

 思ったよりしゃべるんだな……というのが正直な感想。

 二葉の方が2倍以上しゃべるテンポが早いが、新崎は決して暗いヤツではないようだった。


 ちゃっかり休んでいる間のノートを見せてもらう約束を取り付け(僕のはアテにならないらしい)、二葉は帰ろうとしている新崎に手を振った。
 

「今日はありがと。また、来てね」
 

 新崎はにこーっと微笑み
 

「また、来るね」
 

 そう言って、病室を出ていった。カツカツと足音が遠ざかっていく。
 

「じゃ、俺もそろそろ……」

「待って」
 

 必要以上に強い口調で、二葉は僕の言葉をさえぎった。
 

「もうちょっと、ここにいて……」

「うん……?」

「話したいこと、あるから……」

「うん……」
 

 さっきまでのげらげら笑ってた二葉とは、なんか雰囲気が違う。
 

 なんだ……? 新崎とのこと、やっぱ追求するつもりなのか……?
 

 やましいことは何もないが、どこか後ろめたいのは何故だろう。

 が……彼女の次の言葉は、全然予想してなかったものだった。
 

「スプーン取って」

「スプーン?」
 

 さっき二葉が新崎と食べていたプリンについてた小さいヤツに手をのばす。
 

「違うの、引き出しの中にある、もっと大きいヤツ」

「なんだ? まだ何か食うのか?」
 

 疑問に思いつつも、黙って鉄製のスプーンを手渡した。

 二葉はしばらくそれを手の中でくるくるさせて……とんでもないことを口走った。
 

「あのね、カズマ……」

「うん」

「あたし……」

「……うん」

「……こういうこと、できるようになっちゃったんだ……」
 

 二葉の手の中で――
 
 

 ぐりぐりぐり……
 
 

 スプーンが、ねじれた。
 

「……スゴイでしょ? 手品じゃないんだよ?」
 

 ぐにぐにぐにぐに……
 

 スプーンは反対方向にねじれ、更にねじれ……ぐりぐりのまま、そっぽを向いていた。
 

 僕は……言葉もでない。
 

 ただ……スプーンを仰視していた。
 

「なんでかなぁ……」
 

 震えた、声。
 

「なんで……こんな風になったのかなぁ……」
 

 二葉は……声もなく泣いていた。


 コイツの泣き顔なんて、見慣れたもののはずだった。

 転んでは泣き、俺のものを欲しがっては泣き、映画を見たり、家族が病気になったりしたときも泣いていた。
 
 でも、こんな風に静かに泣く二葉は初めてで……
 

 僕は――戸惑っていた。
 

「最初はね、スゴイ! やったー! って思ったんだけど……」

「うん……」

「だんだん……だんだん……こわくなってきちゃって……」

「うん……」
 

 二葉はスプーンを握り締めたまま、涙を拭おうともしない。

 僕はなんだかたまらなくなって……彼女を、抱き寄せた。
 

「カズマ……ごめんね……」

「いいよ……」

 

 二葉がベッドに座っていたから、ちょうど胸に顔を抱き寄せるような形になる。

 感情が高ぶってるせいなのか元からそうなのか、彼女の身体は思った以上に熱く……細かった。
 

「あたしね……なんか……チョーノーリョクみたい……」

「そうみたいだな」

「……スゴイ?」

「スゴイな」

「……うらやましい?」

「少しな」
 

 僕は――昔、落ち込んだ僕に二葉がそうしてくれたように――ずっと彼女の頭をなで続けた。

 泣き止むまで……泣き止んでも……さらさらの栗毛を、いつまでもなでていた。
 


 まぶしい夕日に目を細めながら病院を出ると、新崎が立っていた。
 

「新崎、まだ帰ってなかったのか」

「百瀬君……」
 

 新崎はそっと眼鏡を外し……僕を見た。

 夕日を背にした彼女の瞳には……何か、強い『力』のようなものが感じられた。
 

「百瀬君……覚悟、決めてね……」
 
 

 ずっと後になって……僕は新崎の言葉の本当の意味を知る。

 でもそれは……まだ先の話だ。

 <SEASON 1:了>

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