Brand-new Heaven #5

僕とアイツと彼女の話

正直、少し腹が立っていた。

冗談にしてはタチが悪すぎる。

でも冷静になって考えてみれば……彼女が僕にそんな嘘をつく必要なんかない。
 

 二葉が死ぬ……か。
 

 夕日の中の保健室。新崎の言葉。全てが非現実的だった。
 

バスに揺られ、僕は帰路についていた。

いつもより、少し遅いバス。いつの間にか、日は暮れてしまっている。
 

 ……今日はなんだか、いろいろ遅れる日だ。何かが微妙にズレている。

パッパー
ピーポー
ブロロロ……
ピーポー
「あ、すいません、次降ります」
ピーポー……
 二葉……
 

イスに深く腰掛け、そのまま僕は、浅い眠りにおちていった。



 
 

二葉が、事故にあった。
 

 
 
 
 
 
 

 いっしゅん、あたまのなかがまっしろになった
 
 
 
 
 
 
 

 

交通事故だった。

場所は学校の帰り道。
 

ふと、思い当たる。
 

 バスの中から見た救急車。あれに二葉が乗ってたんじゃないのか……?
 

僕は今、病院にいる。

僕の他に、二葉のおふくろさんと、サブローさんと、唯ちゃん。

おやじさんも、もうすぐ来るだろう。
 

「カズやんさあ、二葉だいじょうぶだよなあ? なあ? なあ?」
 

サブローさんはこれ以上ないほど取り乱していた。

おふくろさんは早くも肩を震わせて泣いてたし、唯ちゃんは下唇をかんでうつむいている。

僕は……
 

 二葉……死ぬな……
 

それだけを願っていた。

夜の、暗い廊下で。

たぶんみんなが……同じことを願っていた……
 


びー ガタン
 

自動販売機でコーヒーを買った。

缶の冷たさが、心地いい。

あれからずいぶんと時間が過ぎた気がするが、まだ11時だ。
 

 今日はここにいるって、母さんに電話しといた方がいいかな……。
 

そんなことを考えながら顔を上げると、唯ちゃんが立っていた。

自販機の光が、彼女の幽霊のように白い顔をぼうっと照らしている。
 

「唯ちゃん、か。……なんか飲む?」
 

彼女は黙ってうなずいた。そして僕がポケットから小銭を出すのを見て、
 

「あの……自分で……」

「いいよ、ジュースぐらい」

「……ありがとうございます」
 

そう言って、迷わずおしるこのボタンを押す。

なかなかしぶい選択だ。

その後は、特に会話もないまま、ふたりで黙ってイスに座っていた。

じりじりと、時間が過ぎていく。
 

「あの……カズマさん……」

「ん?」

「おねえちゃん、頭打ったんです」

「うん……」

「はじきとばれて……服とかぼろぼろで……」

「うん……」

「体、不自然にひねったらしくって……」

「うん……」

「左腕をかばうように……頭から落ちたって……」
 

気がつくと、彼女は声もなく泣いていた。
 

 左腕……

 お前……バカだよ……
 

「二葉……バカやろう……」
 

なぜか……

浮かんでくるのは、のんきにメロンパンかじってた二葉の顔ばかりだった……
 



 

疲れたのか、サブローさんは眠ってしまっていた。

おふくろさんは、目を赤くはらしたままおやじさんにもたれかかっている。
 

 なんか……見てらんないな……
 

 『二葉は死なない……。死んだりしない……』

 そう断言できないのは……新崎の言葉を聞いてしまったからだろうか。
 

 『奥居さんが……死ぬ……』
 

新崎の言葉が頭の中でぐるぐる回る。
 

 新崎……二葉は死なない……

 アイツは、小さいころ海で溺れたときも鼻水たらしながら生き延びた。

 そう簡単には……くたばらない……
 

そんな自分の思いをどこかで信じきれないまま、僕はイスに座っていた。
 

 二葉……
 

「手術中」のランプは、いつまでも灯っていた。

いつまでも……いつまでも……

<つづく>


 
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