「はい、これでいいわ」
まるでマンガに出てくるような大きな絆創膏を二葉のオデコに貼り、梨畑先生はその上をポンッとたたいた。それが痛かったのか、二葉はちょっと顔をしかめた。
二葉の身体は包帯でぐるぐる巻きにされていた。……が、それは単に治療の仕方がガサツだっただけで、ほとんどはスリ傷である。
「どこか痛いとこある?」 「おしりが痛いです」 「それはそこのカレシにさすってもらって」
……オレのことか?
「大丈夫だとは思うけど、あとでちゃんと病院行くのよ」 「はーい」 「じゃ、私は教頭先生とかに報告してくるから…………私がいないからって、ヘンなことしちゃダメよ?」 「「しません」」 「……チッ」
ガタタ……ガタン!
なぜか舌打ちをしてから先生は建て付けの悪い扉を開け、保健室を出ていった。 残された僕はベッドに横になった二葉を見て……ほう、とため息をついた。
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女子生徒が、屋上から飛び降りた。 そして彼女に体当たりするように(とゆーかアレはまさにタックルだった)二葉が3階の窓からダイブした。 生徒たちの間から悲鳴のような声がもれる。 下には花壇があるが、とてもクッションになるとは思えない。 校舎近くに植えてある木の上に落ちればクッションになるかもしれないが、飛び降りた少女は当然そういう場所は避けていた。
「二葉ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
声が宙に吸い込まれていく。 くるくると落ちていく靴が、妙にゆっくりに見えた。
ドォッ!
二葉が──考えてみたらものすごいことだが──少女に抱きついた。 軌道がずれ、二人がすぐ横にあった木にぶつかる。 大きくバウンドし──二葉が少女をかばうようにかかえこみ──
──花壇に落ちた。
不自然なぐらいゆっくり落ちたように見えたが……そんなことを気にしてる余裕は、僕にはなかった。 ……一刻も早く、二葉のところに行くために。
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「飛び降りた子、無事でよかったな」
「うん」
「で……何がどうなって、お前はおしり打っただけで済んだんだ?」
「ひ・み・つ♪」
二葉は笑ってごまかそうとしたが……僕の真剣な顔を見て、笑顔を引っ込めた。
「……超能力だよ」
やっぱりか……。
「今日は『レヴィテーション』だったの」
「『空中浮遊』……? 二葉、お前……」
また新しい『力』が……?
「ごめん、黙ってて。──……でね、『レヴィテーション』はあたしにしか効かないから、あの子に飛びついて……」
「……地面に激突する寸前、減速したってワケか」
「うん。……超能力、バレたかな?」
「どうだろうな。みんなは、木と花壇がクッションになって助かったって思ってるみたいだけど」
「そっか」
「でもインパクトあったみたいで……あの女の子よりお前の方が噂になってるみたいだぞ。新手の心中じゃないか、とか」
「うそォ……」
「ほんと」
無事でよかった。
心配させやがって。
そんな言葉をのみこんで……僕は、笑った。
ひさしぶりに、僕らは心の底から笑った。
「ねえ」
「ん?」
「話……あったんじゃなかったの?」
「ああ。……二葉、さ……」
「うん」
「……スカートの下、スパッツはいてたのな」
「バカッ! エッチぃ!」
「はは……いや、そーじゃなくて……」
「うん……」
「一昨日……オレのこと、避けてただろ……」
「………………」
「でもよく考えたら……『オレ』じゃなくて『人』を避けてたんだろ? 水沢からあの日聞いたんだ。授業時間も教室にいなかったって」
「……それは……」
「――『マインド・リーディング』だったんだろ?」
「…………!」
二葉が、息を飲んだのが分かった。
……やっぱりか。
『テレパシー(精神感応)』のひとつ。心を読む力。
何かの本で読んだことがある。『力』が制御できないと他人の心の声が聞きたくもないのに聞こえてくるのだ、と。
人間の本音なんて、たぶんロクなもんじゃないだろう……。
「『心』の声、聞きたくなかったんだな……?」
「それもあるけど…………ごめん、あたしやっぱりカズマのこと避けてた」
「……なんで?」
「だってあたし…………カズマの心の声なんて聞きたくなかった……聞きたくなかったの……」
そのままシーツをかぶり、二葉は向こうを向いてしまった。
ああ……まただ。僕はまた、二葉を泣かせてしまった。
後悔と、そして──
「オレの心、全部見てもいいぞ」
そんな風に言えない自分に、少し腹が立った。
オレには……そんなカッコイイこと言えない……
あれこれ言葉を探してみたけど、いい言葉が見つからない。
だから、ただ、一言だけ。
「二葉は……悪くねーよ……」
「……そうかな……」
「そうだよ」
「でも……でも……カズちゃんだって悪くないよ……」
「そうか?」
「そうだよ」
二葉が、すんっと鼻をすすり、こっちを見た。
その目にはもう、涙はなかった。
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