セ式茶道部の部室は日本家屋だから、外よりは心持ち涼しいように思えた。
が――やっぱりクーラーもない部屋は、暑くてしょーがない。
肌にまとわりつくような蒸し暑さと胃にしみわたる麦茶の冷たさ、そして足のしびれを感じながら……僕は思い返していた。
新崎に話すはずだったこと。 二葉の超能力──交通事故の後に発動したのは『PK(サイコキネシス)』だった。 病院を退院した後に発動したのが、『クレアヴォヤンス(透視)』 そして話には……続きがある。 透視事件の1カ月後──二葉は『アポーツ(物品引き寄せ)』の力に目覚めた。
「……アポーツ?」 「そ。アポーツ、まれにアポテーションと言って……遠方のものを瞬間的に目前に出現させる──って書いてある」 「ふーん」
学校が終わった後、二葉はまた僕の家に来ていた。ベッドに腰掛け、例の超能力の本を開いている。
「でね。例えば──」
すぅっと、二葉は手のひらを水平に差し出し──目を閉じた。
刹那。 二葉の手の中に、マンガの本が握られていた。
あれって……本棚にあったヤツか……?
「こんなことができるってワケ」
ニッコリ笑う。 慣れてきたのか……彼女は随分と力を使いこなしているように見えた。
「どのくらい遠くのものまで『運べる』んだ?」 「目に見えるものか、きちんとイメージできるもので……距離はよく分かんない。あたしんちのモノなら、たぶんここに『運べる』と思う」 「スゲエじゃん」 「そう思う? ……でもね、うまくいかないときもあるの。ほしいものが運べなかったり、逆にイメージしたモノが勝手に手元に運ばれてきたり」 「ふーん……」
えへへ、と笑ったあと、二葉は立って本棚に本を戻した。
「そのうち、超能力者同士の戦いとかに巻き込まれたりしてな」 「まさかぁ……。それってあたしが貸したマンガの話だよ〜? CLAMPのX」 「それもそうか」 「でもそーすると、あたしは女譲刃ちゃんだね♪」 「……あれは最初から女だろ」
「一真ぁー二葉ちゃーん、ごはんよー」
「はーい!」
うれしそうに返事する二葉を見て……僕は苦笑した。
さらにその2週間後、今度は『リモートビューイング(遠隔視)』の力が発動した。 二葉の超能力は次々と変わっていく。しかも、その間隔が短くなっているような気がする。
一体どこまで増えるのだろう……二葉の『力』は……
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が。僕の予想に反して、それ以降二葉の超能力が増えることはなかった。
少なくとも、僕はそんな話は聞いていない。
もしそうなら、それはいったいなんだろう?
空中浮遊? 瞬間移動? それとも……
「──あ」
分かった……ような気がした。
次の日、日曜日は夏期講習の最終日だ。
朝のバスに、二葉の姿はない。新崎も……いない。
ニイザキはまだ復活できねーのかなー……。二葉は──
「──げ」
バスのはるか後方に……必死に自転車をこぐ女の子の姿が見えた気がした。
……ウソだろ。
バスがカーブにさしかかり、その姿はすぐに見えなくなる。……でも、間違いなかった。
あの、バカ……。
僕は驚き、あきれ……何だか急に安心した。
二葉はもう……大丈夫そうだ、と。
「よぉ、自転車通学部復帰おめでとー」
「ぜえ……ぜえ…………む……むかつく〜……ぜえ……ぜえ……」
C組の前で、僕は汗だくになって息を切らした二葉に声をかけた。
「で、よ……」
「ぜえぜえ……、な、なによ……」
「いや、ちょっと、話したいことあんだけど」
「ん……、い……息が整ったら……何でも聞くから……」
「きゃあああああ!」
教室の奥で悲鳴が上がった。
にわかに教室内が騒がしくなる。みんな、窓の外を見ているようだ。
僕と二葉も窓に駆け寄った。
校庭に人だかりができていた。みんな上を見上げながら、口々に何か叫んでいる。
――屋上に、人がいるんだ。
……飛び降り自殺?
飛び降りようとしているのはどうやら女子生徒らしい。知ってるヤツかどうかは分からない。3階の窓から、5階建ての建物の屋上を見上げるなんて不可能だ。
二葉はここにいる。新崎では……ないだろう。そもそも、2年生なのかどうかすら……。
よりによってこの教室の真上かよ……見えねーぞ……
飛び降りた人と目が合った、なんて話を思い出し――背筋が寒くなった。
助ける方法……。屋上にいって説得か……? でももう誰か行ってんじゃねーか……?
──飛び降りた!?
「二葉ぁッ!」
そのとき。
女の子の──おそらく水沢小鈴の──二葉の名を呼ぶ声に我に返り…… ふと横を見た僕は、信じられないものを目にした。
二葉が窓に足をかけ──――跳んだのだ。 3階から。外に。屋上から飛び降りた少女に向かって。……飛んだ。
「二葉ああああああああ!!!」
手をのばしても……届かない。 脱げた片方の靴が、二葉の後を追って落ちていく。
くるくる、くるくる──と。 |
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