Brand-new Heaven2 #4

僕とアイツと彼女の話





 セ式茶道部の部室は日本家屋だから、外よりは心持ち涼しいように思えた。

 が――やっぱりクーラーもない部屋は、暑くてしょーがない。

 肌にまとわりつくような蒸し暑さと胃にしみわたる麦茶の冷たさ、そして足のしびれを感じながら……僕は思い返していた。



 新崎に話すはずだったこと。

 二葉の超能力──交通事故の後に発動したのは『PK(サイコキネシス)』だった。

 病院を退院した後に発動したのが、『クレアヴォヤンス(透視)

 そして話には……続きがある。

 透視事件の1カ月後──二葉は『アポーツ(物品引き寄せ)』の力に目覚めた。
 

「……アポーツ?」

「そ。アポーツ、まれにアポテーションと言って……遠方のものを瞬間的に目前に出現させる──って書いてある」

「ふーん」
 

 学校が終わった後、二葉はまた僕の家に来ていた。ベッドに腰掛け、例の超能力の本を開いている。
 

「でね。例えば──」
 

 すぅっと、二葉は手のひらを水平に差し出し──目を閉じた。
 

 刹那。

 二葉の手の中に、マンガの本が握られていた。
 

 あれって……本棚にあったヤツか……?
 

「こんなことができるってワケ」
 

 ニッコリ笑う。

 慣れてきたのか……彼女は随分と力を使いこなしているように見えた。
 

「どのくらい遠くのものまで『運べる』んだ?」

「目に見えるものか、きちんとイメージできるもので……距離はよく分かんない。あたしんちのモノなら、たぶんここに『運べる』と思う」

「スゲエじゃん」

「そう思う? ……でもね、うまくいかないときもあるの。ほしいものが運べなかったり、逆にイメージしたモノが勝手に手元に運ばれてきたり」

「ふーん……」
 

 えへへ、と笑ったあと、二葉は立って本棚に本を戻した。
 

「そのうち、超能力者同士の戦いとかに巻き込まれたりしてな」

「まさかぁ……。それってあたしが貸したマンガの話だよ〜? CLAMPのX

「それもそうか」

「でもそーすると、あたしは女譲刃ちゃんだね♪」

「……あれは最初から女だろ」
 
 

「一真ぁー二葉ちゃーん、ごはんよー」
「はーい!」
 

 うれしそうに返事する二葉を見て……僕は苦笑した。


 さらにその2週間後、今度は『リモートビューイング(遠隔視)』の力が発動した。

 二葉の超能力は次々と変わっていく。しかも、その間隔が短くなっているような気がする。
 

 一体どこまで増えるのだろう……二葉の『力』は……
 


 が。僕の予想に反して、それ以降二葉の超能力が増えることはなかった。

 少なくとも、僕はそんな話は聞いていない。

「おいしいです、この麦茶」
 でも。
「それはよかった。実はこのお茶がな……」
 でももし、二葉が僕に言えないような『力』に目覚めていたのだとしたら……
 

 もしそうなら、それはいったいなんだろう?

 空中浮遊? 瞬間移動? それとも……
 

「──あ」
 

 分かった……ような気がした。


 次の日、日曜日は夏期講習の最終日だ。

 朝のバスに、二葉の姿はない。新崎も……いない。
 

 ニイザキはまだ復活できねーのかなー……。二葉は──
 

「──げ」
 

 バスのはるか後方に……必死に自転車をこぐ女の子の姿が見えた気がした。
 

 ……ウソだろ。
 

 バスがカーブにさしかかり、その姿はすぐに見えなくなる。……でも、間違いなかった。
 

 あの、バカ……。
 

 僕は驚き、あきれ……何だか急に安心した。

 二葉はもう……大丈夫そうだ、と。


「よぉ、自転車通学部復帰おめでとー」

「ぜえ……ぜえ…………む……むかつく〜……ぜえ……ぜえ……」
 

 C組の前で、僕は汗だくになって息を切らした二葉に声をかけた。
 

「で、よ……」

「ぜえぜえ……、な、なによ……」

「いや、ちょっと、話したいことあんだけど」

「ん……、い……息が整ったら……何でも聞くから……」
 


「きゃあああああ!」


 教室の奥で悲鳴が上がった。

 にわかに教室内が騒がしくなる。みんな、窓の外を見ているようだ。

 僕と二葉も窓に駆け寄った。

 校庭に人だかりができていた。みんな上を見上げながら、口々に何か叫んでいる。

 ――屋上に、人がいるんだ。
 

 ……飛び降り自殺?
 

 飛び降りようとしているのはどうやら女子生徒らしい。知ってるヤツかどうかは分からない。3階の窓から、5階建ての建物の屋上を見上げるなんて不可能だ。

 二葉はここにいる。新崎では……ないだろう。そもそも、2年生なのかどうかすら……。
 

 よりによってこの教室の真上かよ……見えねーぞ……
 

 飛び降りた人と目が合った、なんて話を思い出し――背筋が寒くなった。
 

 助ける方法……。屋上にいって説得か……? でももう誰か行ってんじゃねーか……?
 
 

「うおわああああああ!」
 下の方で一際大きな悲鳴が上がる。
 

 ──飛び降りた!?
 


「二葉ぁッ!」


 そのとき。
 


 女の子の──おそらく水沢小鈴の──二葉の名を呼ぶ声に我に返り……
 

 ふと横を見た僕は、信じられないものを目にした。
 

 二葉が窓に足をかけ──――跳んだのだ。

 3階から。外に。屋上から飛び降りた少女に向かって。……飛んだ。
 

「二葉ああああああああ!!!」
 

 手をのばしても……届かない。

 脱げた片方の靴が、二葉の後を追って落ちていく。
 

 くるくる、くるくる──と。

<つづく>

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