「お前はセ式茶道部に入るべきだ!」
ビシッと僕に扇子を突きつけ、神宮寺涼はそう言った。
端正な顔に、長くのばした黒髪。すらっとした長身。
バンドのベースでもしてそうな外見だが、その実は和の心を重んじる日本男児である。
「茶道部……?」
「違う、セ式茶道部だ。いいか、セ式茶道部というのはだな――」
「カズマー、リーダーの宿題やってきた?」 「一応な。適当だけど」 「ラッキ、見せてくれよぅ」 「自分でやれ」 「おれがやるワケないだろ〜」 「……ったく、しょーがねえな」 「サンキュー! お礼に今度エッチい本貸すから」 「アホ」
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「江戸時代末期、幕府が傾いた直後、日本に商館を建てることに
精力を傾けていたロシア人、セルゲイ=アレイニコフがいた。 ある夏の暑い日、道を歩いていたセルゲイはものすごく喉が渇いた。 で、近所の民家で『お茶を一杯もらえぬか』とお願いしたのだな。 そうすると、まずぬるい、器になみなみとつがれた麦茶が出てきた。 で、2杯目が、さっきより冷たくさっきより量が少ない麦茶。 そして最後、3杯目に、熱い緑茶が普通に出された。 で、『なんでこのようなお茶の出し方をしたのか』と尋ねたところ、 主人が言うには『非常に喉が渇いているように見受けられたし、 外人ということで、たくさん飲むだろうと。が、こんな暑い日に いきなり冷たいお茶を出したらおなかを壊す恐れがある。 そこでまずはぬるい、飲みやすい麦茶を出すことにした。 で、2杯目は、こんなに暑い日なので冷たいものを出した。 3杯目に熱いお茶を出したのは、気が済むまでここにいて いいという気持ちの表れである』との答え。 それを聞いたセルゲイさんが『これこそ正に和の心!』と いたく感動し、ロシアで広めたのが『セ式茶道』なのだ。 で、日本文化が薄れてきている現在、逆輸入された『セ式茶道』は 日本でも広まりつつある」 |
信也にノートを渡して振り返る。ようやく涼の話は終わったようだ。
「……ああ、で、なんだっけ?」
「これに名前を書け。それで全てが終わる」
「女子部員、いっぱいいるんだろ?」
「男子部員が欲しいんだ」
「……いや、でも……」
「考えておいてくれ」
涼は入部届けを僕の机に置くと、足早に去っていった。
……ホームルーム始まるのに……どこいくんだ、アイツ……?
今日は土曜日だが、夏期講習にはそんなこと関係ない。
真夏日でジリジリと暑い中、授業は進んでいく。
陸奥の数学抜き打ちテストを切り抜け、結城のよく分からん古典が終わり、ようやく昼飯の時間になった。
のびをしながら後ろを向くと……新崎が僕を見ていた。
……カッチョワリー……。
僕は平静を装いつつゆっくりと頭を戻し、席を立った。
新崎に、昨日の続きを話さなければならない。
と――
僕は、気づいた。
新崎は二葉の『力』のことを知っている。
どういう経緯で知ったのかは知らないが、知っている(たぶん二葉が話したんだろう)。
だからこそ、こうやって二葉のことを話せるワケで。
ということはつまり……新崎が、この3ヶ月の間に起こったことを二葉から聞いてる可能性は高い。
「ニイザキ」
「なぁに?」
「ニイザキは、さ……。――二葉のこと……知ってるんじゃないのか?」
変な聞き方だが、彼女は意味が判ったようだ。
「だいたいは、彼女から聞いたわ」
悪びれもせず、そう言った。
「じゃあ、二葉の態度がおかしい理由も――」
「ちゃんとは聞いてないけど、たぶん判って――――ゴホッ!
ゲホゲホゲホ!」
突然。
新崎が激しく咳き込みはじめた。
……こんなときにか!
「保健委員! 涼! 早くきてくれ!」
「薬持ってたみたいだし、落ち着いたみたいだし、もう大丈夫よ」
銀縁の眼鏡を外しながら、保健医の梨畑先生はニコッと笑った。
「保健委員の処置がよかったみたいだし、ね?」
先生の言葉に、僕の後ろにいた涼が居心地悪そうにそっぽを向く。
……なんだ?
「彼女のことは私にまかせて、早くお昼ご飯食べてきたら? 昼休み終わっちゃうわよ?」
二葉と二人でかきこむようにして昼飯を食べてから、授業が終わる放課後まで……二葉はいつもどーりだった。
休み時間になればC組から走ってきたし、よく笑うしよくしゃべった。
いつも通り。
不自然なまで、いつも通り。
避けてるでもなく。怒るでもなく。
ただ、時折見せる不安げな表情が気になった。 きっとそれは。僕に話せなくて、僕が原因でないこと……
新崎は知っていると言った。
まさか……女の子にしか判らないこと、とか……?
「……どうかした?」
二葉の声で、我に返った。 いつの間にかホームルームは終わり、みんな帰る準備をしている。
「あ、ああ……。C組ももう終わったのか?」 |
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「うん、モグラ先生話短いし」
僕は取り繕いながら、二葉の横顔を盗み見た。
二葉は……僕なんかにはどうしようもない、やっかいな出来事に巻き込まれたりしてるんだろうか……
「……そんなに見られたら、恥ずかしいよカズちゃん」
「あ、ああ、ワリィ」
気づかないうちに、じーっと見つめてしまっていたらしい。
「さ、織葉のとこ行ってみよ」
「……そうだな」
すばやく荷物をまとめて保健室へ向おうとしたそのとき――僕の前に、ひとりの男が立ちふさがった。
「ちょっと待った」
「お、お前は――」
セ式茶道部部長。
神宮寺……涼……
「百瀬……約束は、守ってもらうぞ」
僕の背中を……冷たい汗が流れた。
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