Brand-new Heaven2 #2

僕とアイツと彼女の話

「お前はセ式茶道部に入るべきだ!」
 

 ビシッと僕に扇子を突きつけ、神宮寺涼はそう言った。

 端正な顔に、長くのばした黒髪。すらっとした長身。

 バンドのベースでもしてそうな外見だが、その実は和の心を重んじる日本男児である。
 

「茶道部……?」

「違う、セ式茶道部だ。いいか、セ式茶道部というのはだな――」
 

「カズマー、リーダーの宿題やってきた?」

「一応な。適当だけど」

「ラッキ、見せてくれよぅ」

「自分でやれ」

「おれがやるワケないだろ〜」

「……ったく、しょーがねえな」

「サンキュー!  お礼に今度エッチい本貸すから」

「アホ」

 

「江戸時代末期、幕府が傾いた直後、日本に商館を建てることに
精力を傾けていたロシア人、セルゲイ=アレイニコフがいた。
ある夏の暑い日、道を歩いていたセルゲイはものすごく喉が渇いた。
で、近所の民家で『お茶を一杯もらえぬか』とお願いしたのだな。
そうすると、まずぬるい、器になみなみとつがれた麦茶が出てきた。
で、2杯目が、さっきより冷たくさっきより量が少ない麦茶。
そして最後、3杯目に、熱い緑茶が普通に出された。
で、『なんでこのようなお茶の出し方をしたのか』と尋ねたところ、
主人が言うには『非常に喉が渇いているように見受けられたし、
外人ということで、たくさん飲むだろうと。が、こんな暑い日に
いきなり冷たいお茶を出したらおなかを壊す恐れがある。
そこでまずはぬるい、飲みやすい麦茶を出すことにした。
で、2杯目は、こんなに暑い日なので冷たいものを出した。
3杯目に熱いお茶を出したのは、気が済むまでここにいて
いいという気持ちの表れである』との答え。
それを聞いたセルゲイさんが『これこそ正に和の心!』と
いたく感動し、ロシアで広めたのが『セ式茶道』なのだ。
で、日本文化が薄れてきている現在、逆輸入された『セ式茶道』は
日本でも広まりつつある」 

 信也にノートを渡して振り返る。ようやく涼の話は終わったようだ。
 

「……ああ、で、なんだっけ?」

「これに名前を書け。それで全てが終わる」

「女子部員、いっぱいいるんだろ?」

「男子部員が欲しいんだ」

「……いや、でも……」

「考えておいてくれ」
 

 涼は入部届けを僕の机に置くと、足早に去っていった。
 

 ……ホームルーム始まるのに……どこいくんだ、アイツ……?
 


 今日は土曜日だが、夏期講習にはそんなこと関係ない。

 真夏日でジリジリと暑い中、授業は進んでいく。

 陸奥の数学抜き打ちテストを切り抜け、結城のよく分からん古典が終わり、ようやく昼飯の時間になった。

 のびをしながら後ろを向くと……新崎が僕を見ていた。
 

 ……カッチョワリー……。
 

 僕は平静を装いつつゆっくりと頭を戻し、席を立った。

 新崎に、昨日の続きを話さなければならない。

 と――

 僕は、気づいた。

 新崎は二葉の『力』のことを知っている。

 どういう経緯で知ったのかは知らないが、知っている(たぶん二葉が話したんだろう)

 だからこそ、こうやって二葉のことを話せるワケで。

 ということはつまり……新崎が、この3ヶ月の間に起こったことを二葉から聞いてる可能性は高い。
 

「ニイザキ」

「なぁに?」

「ニイザキは、さ……。――二葉のこと……知ってるんじゃないのか?」
 

 変な聞き方だが、彼女は意味が判ったようだ。
 

「だいたいは、彼女から聞いたわ」
 

 悪びれもせず、そう言った。
 

「じゃあ、二葉の態度がおかしい理由も――」

「ちゃんとは聞いてないけど、たぶん判って――――ゴホッ!  ゲホゲホゲホ!」
 

 突然。

 新崎が激しく咳き込みはじめた。
 

 ……こんなときにか!
 

「保健委員!  涼!  早くきてくれ!」
 

パタパタパタパタ
 そのとき……タイミングよく――あるいは悪く――二葉が廊下を走ってくる音が、聞こえてきた。


「薬持ってたみたいだし、落ち着いたみたいだし、もう大丈夫よ」
 

 銀縁の眼鏡を外しながら、保健医の梨畑先生はニコッと笑った。
 

「保健委員の処置がよかったみたいだし、ね?」
 

 先生の言葉に、僕の後ろにいた涼が居心地悪そうにそっぽを向く。
 

 ……なんだ?
 

「彼女のことは私にまかせて、早くお昼ご飯食べてきたら?  昼休み終わっちゃうわよ?」


 二葉と二人でかきこむようにして昼飯を食べてから、授業が終わる放課後まで……二葉はいつもどーりだった。

 休み時間になればC組から走ってきたし、よく笑うしよくしゃべった。

 いつも通り。

 不自然なまで、いつも通り。

 避けてるでもなく。怒るでもなく。
 

 ただ、時折見せる不安げな表情が気になった。
 

 きっとそれは。僕に話せなくて、僕が原因でないこと……
 

 新崎は知っていると言った。
 

 まさか……女の子にしか判らないこと、とか……?
 

「……どうかした?」
 

 二葉の声で、我に返った。

 いつの間にかホームルームは終わり、みんな帰る準備をしている。
 

「あ、ああ……。C組ももう終わったのか?」

「うん、モグラ先生話短いし」
 

 僕は取り繕いながら、二葉の横顔を盗み見た。
 

 二葉は……僕なんかにはどうしようもない、やっかいな出来事に巻き込まれたりしてるんだろうか……
 

「……そんなに見られたら、恥ずかしいよカズちゃん」

「あ、ああ、ワリィ」
 

 気づかないうちに、じーっと見つめてしまっていたらしい。
 

「さ、織葉のとこ行ってみよ」

「……そうだな」
 

 すばやく荷物をまとめて保健室へ向おうとしたそのとき――僕の前に、ひとりの男が立ちふさがった。
 

「ちょっと待った」

「お、お前は――」
 

 セ式茶道部部長。
 

 神宮寺……涼……
 

「百瀬……約束は、守ってもらうぞ」
 

 僕の背中を……冷たい汗が流れた。
 

<つづく>

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